もう駄目だ。鞘でなんかとてもじゃないけど、抑えきれない。斬られる。覚悟した痛みと死に身体がくすんで固まった。だけど、いつまで経っても痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、目の前には化け物の刀をいなすはじめ組長の姿が。
『はじめっ…駄目!そいつ刺しても死なない!!』
「なっ…!?」
はじめの刀でついた傷もすぐに癒えてしまう。こんな化け物どうやって倒せば良いのだ。はじめが優勢だったのにいつの間にか押されてる。はじめでも力で敵わないのか。
「心臓を一突きにするか首を刎ねなさい」
冷たい声が暗闇に響いた。はじめはその言葉通り、化け物の刀を躱して心臓を一突きにする。唸り声をあげた化け物はそのまま倒れて動かなくなった。そうこうしている内に皆が集まって。この死体を置いておくわけにはいかないから運ぶ人と、広間で説明を待つ人とで別れることになった。
僕は欠けた刀の先を拾う。この刀はお父様がくれたものだった。元服の際に選んでくれた唯一のもの。それを簡単に奴は…。
「八重、行くぞ」
『…平助。うん、そうだね』
ちょっとした傷くらいなら治せるけれど、完璧に折れてしまった刀は元には戻らない。もうこの刀を僕は振ることはない。ごめんなさい、と小さな声がこぼれてた。
広間に集まった僕たちは先ほどの化け物の説明をされる。あれは変若水と言われるものを飲んだ羅刹という化け物。羅刹は超人ならざる力を得る代わりに理性を失う。その結果、血を求める化け物となる。殺すには首を刎ねるか心臓を一突きにすることのみ。他の刀傷ではすぐに再生してしまう。信じがたい話だけれど、先ほどの化け物を見ている僕は納得してしまう。
「…浪士組で羅刹の研究をすることになった」
「ちょっと待てよ。そんな化け物なんか使い物にならねぇじゃねぇか」
『そうですよ。あんなの研究どうこうなんて次元じゃない』
反発の声が挙がったと共に僕も自身の意見を言う。対峙した感想として、確かに味方だったら強いのかもしれない。けれど、あんなの敵も味方も見る者全てを襲う化け物だ。使い物になるなんて思えない。他にも反発の声が挙がるが、土方さんの幕府からの命令だ、という一言で黙ってしまった。
「ちょっと待てよ。その薬の研究をするってことは、俺や総司、一君や左之さんに新八つぁんに土方さん、八重だって飲むかもしれねぇってことかよ!?」
いくら幕府からの命令だからって…!俺は反対だからな、そんな研究!
ここにいる全ての者が平助と近い感情を持っているのではないだろうか。僕だって同じだ。そんな薬の研究なんて反対。あまりにも危険すぎる代物だ。僕たちに扱いきれるとは思えない。
「いいか。これは決定事項だ。浪士組は変若水の研究をする」
変若水の研究の為、という名目で副長の座についていた新見さんが辞した。暫くは新見さん、山南さん、それから薬を持ち込んだ雪村綱道の三人が主に研究に携わるという。
そうして僕たちは歴史の歯車に否応なしに巻き込まれていくこととなる。
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