「あれ、名前も吸うのか」
会社の喫煙室。一人で煙草を吸っていたら同期の棗君がやってきた。そういえば棗君ってヘビースモーカーだっけ。私は毎日吸わないし、喫煙室で会うのは初めてだったりする。
『ちょっと色々あった時にだけね』
「そうか。…っと悪い、火をもらって良いか」
いいよ、そう言ってポケットの中を探る。確かライターをこの辺に…。ごそごそする私に、待ちきれなかったらしい棗君は咥えた煙草から直接火をとった。
『…ちょっと、いきなり近づけないでよ。びっくりする』
「悪い、時間がかかりそうだったからこっちの方が早いと思ってな」
…この男は全然理解していない。自身が顔の整った、格好いいに分類されることを。急に顔を近づけられたらそりゃ少しくらいときめくのは仕方のないこと。
二人きりの空間。煙草を吐き出す音と時々来る携帯の通知音だけが響く。お互い特に話すことはなかったけれど嫌じゃなかった。
煙草も短くなって、そろそろ休憩終わらなきゃ、じゃあね棗君。そう声かけて喫煙室を出ようとしたところだった。腕を掴まれて私は棗君の方を振り向く。
「あ、いや、その………今度、飯に行かないか?美味い所を見つけたんだ」
『わかった。また連絡頂戴』
ただの社交辞令かと思ったけれど、棗君の頬が軽く赤くなっている気がして適当に流しちゃ駄目だと感じた。さすがに素っ気無さ過ぎたかと、待ってるね、って付け加えて。そうして喫煙室を出て振り向けば棗君が小さくガッツポーズしているのが視界に入った。
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