緋瑛サマに捧げたの続き(?)です。

馬兄弟本編の3話あたりの派生話になる…のかな?





―――――――――






笑いながら話す2人から少し離れた所にある2つの影。気づかれないよう、その影の主たちは、廊下の角に身を隠していた。



「ホント…、鉄ってばいつも子龍ー子龍ー…だよね」

部屋戻ってこない弟を探し、漸く見つけた馬休は、一緒に捜してくれた兄にぼやく。


「嫉妬か?」
笑いを含みながら問う馬超は返ってきた弟の視線に思わず謝罪した。

「大体兄様が趙雲殿を拒むからこういうコトになるんだ」
馬休は完全にふてくされていた。しかも原因は自分のせいだと言う。だが、それは全くもって論外な話だ。兄弟でなければこんな話無視しただろう。


「それは聞き捨てならんな。なぜ俺のせいになる」
「………あの獣をちゃんと繋いでおけってこと」
「ならお前も鉄を趙雲の所に行かぬよう縄でも鎖でも使って繋げばいいだろうが」


こう言い合ってしまえば、収集がつかなくなってしまうことを分かっている2人は同時に口を紡ぐ。

素直じゃないのはお互い様だ
そう言われた馬休は小さく頷いた。

わかっている
どうしてこんな事になったのか。


「……兄様…今晩付き合ってよ」
「あぁ…、ただしほどほどにしておけよ」


師弟以上の関係になっていると思わざるを得ないくらい、仲良さげにしている2人を再度瞳に映し、兄2人は互いの肩を叩いた。




・・・・・・・・



「でもさぁ、なんなんだよっ!!俺の事が好きならなんで趙雲なんかとヤってんだっ!?本当アイツ馬鹿じゃんかっ」
「流石ロリショタ好きと言われるだけあるな。若ければ若いほどいいのであろう?!」

机の上の皿が宙に浮くほど、器を強く叩きつけた馬超は更にその器に溢れんばかりの酒を注ぐ。

馬休も続いて酒瓶を掴み、酒を注ごうとするが落ちてきたのはほんの数滴である。
空の酒瓶を投げ捨て、次の瓶を机の上に置いた。瓶は地に落ちその形を失う。

1人称が“俺”に変わっている馬休は相当酔っている証拠。
機嫌がいいのならば、特に何の変化もないが、機嫌が悪いのならば完全に人が変わる。
この状態の馬休の態度の悪さは馬鉄と同等だと、人は言う。
1番危ないのは更にこの後、無言になる場合。そうなると誰も手が着けられない。

本来であれば途中で止めるはずの馬超も、今は酔いが廻り馬休と共に愚痴をこぼしていた。


馬休は自分の酒癖を知っている。
アルコールを楽しもうと思っても、それに対する味覚がなくなってしまって、感覚的には水を飲もうが酒を飲もうが変わりはない。

だがそれでも浴びるように酒を飲みたい気分だった。



「………そう言えば兄様さぁ、さっき鉄を縛ればいいって言ったよな」
「あぁ。やるのか?」
「アイツに似合うのは何色の首輪だと思う」
不適に笑いながら馬休は床に散らばった酒瓶の破片を1つ拾い、自らの腕へと宛行う。

しかしその右手を馬超は掴んだ。
「やめろ、傷は戦場以外でつけるものではない」
「………冗談。でもやっぱり赤がいいと思わない?肌に映えるし」
その行動は恐らく冗談では無かった。止めなければ恐らく、今頃机の上は赤く染まっていただろう。

「趙雲は青だろな。奴が鉄のところに行かぬよう繋いでおくぞ。今度2人で買いに行くか」
「とかいいながら、趙雲と鉄を一緒にしたくないのは兄様も同じだろ。」

良いこと教えようか?


趙雲って兄様の変わりに鉄を抱いるんだって……



そう言って、馬休は馬超に顔を近づける。
アルコールのせいで仄かに紅潮している兄の顔をみて馬休は心臓を高鳴らせ

(やはり似ている…)




…そう思った。





今なら趙雲の気持ちをほんの少しだが理解してやってもいい。




「俺も……鉄の代わりに兄様の事を抱いても良いかも」
「鉄の代わりに休を抱いてやってもいいぞ」





互いに杯を口元に運び視線を絡める。そして

「「……ヤケになると後で後悔するぞ(よ)」」
と口にし、同時に笑う。



その言葉の後は、まるで時間が止まったようだった。

後悔なんてもうしている。
何故相手を素直に受け入れられなかったのか…と


これ以上何を後悔するというのか。



「…………」
「………?」
杯ではなく唇を交わすと、馬超は一瞬で酔いが冷める。
というのは、弟があまりにもその行為に慣れていたからだ。


「…こんな所岱に、見られたらどうなるんだろうな…」
「殺されるだろうな。お前が」
「それは大変だ」
場所を寝台の上へと変え、馬超は馬休を組み敷く。
挑発的な表情をした弟を見て、思わず腕を掴む手の力を強めてしまった。


特定の女が居たという記憶もなければ、ハメをはずす…なんて事をするような性格でもない。
となると、もしかしたら休は生活をしていく為に自らの体を使っていたのかもしれない…。


歪む弟の表情。
其れにすら感情が高ぶるのは、自分も相当怒りを抱え込んでいるから。
だがその矛先は誰に向ければいいのだろうか。

趙雲
馬鉄

それとも自分自身…
もしくは

「……俺に向けなよ。そしたら俺も容赦なく兄様に向けられる」

やり場の無いこの痛みは、痛みを持つ者同士で相殺してしまえばいい。
どこまでも真っ直ぐな暗い瞳で、弟は言った。




「加減はしないからな」
馬超は馬休の衣の腰紐を解き、弟の肌を露出させる。
だが下半身にも手をかけようとすると、突然その手を止めた。

それがどういう意味かわかった馬休は、入り口へと視線を向ける。

誰かがこの部屋に来たのだ。
宵も深まった今、返事も無いのにこの部屋に入る可能性があるのは、馬岱か馬鉄のどちらかしか思い当たらない。


「兄貴、休知らねー?部屋に居な……」

訪れたのは弟だった。
ベッドの上の兄2人を見て馬鉄は硬直する。

「今兄様と気持ちいいことしようとしてたのに。お前がきたせいで一気に冷めちゃったじゃないか。で、何の用?」
「…………」
「あ、俺のコト捜してたんだっけ?なら、ここに居るってわかったんだから、さっさと消えろよ!」
馬休は叫び、手元にあった枕を馬鉄に向かって投げる。
枕は馬鉄の横を通り過ぎ、机の上にあった酒瓶を落とした。


「やはり馬超のところに居ました……」
馬休の声は外まで響き、廊下に居た趙雲は小走りで部屋の中へと入ってくる。
趙雲も、馬鉄同様部屋の状況を見て固まった。

「……何をしているのですか馬超」
「ふん。貴様と違って、このところ体を持て余していてな」
「…………」

その言葉に趙雲は酷く怒りを感じた。
しかし彼が怒りを表に表す前に、下を向いていた弟分が、兄へとその牙を立てる。

「っふざけんなっ!!早く休の上から降りろっ!!」
馬休の上に覆い被さる馬超に掴み掛かり、全力で2人を離そうとする。
馬超はそんな馬鉄の手を振り払い、逆にベッドの上から蹴落とした。
「っ……」
それでも馬鉄は直ぐに立ち上がり、今一度馬超に体全身で体当たりをする。
流石の馬超もこれはかなり効いたようで、顔を歪め小さく声をあげた。

だが、またベッドから落ちたのは弟だった。

頭から落ち、後頭部を床に強打した馬鉄は、立ち上がった際に足をよろめかせる。
彼を心配し「止めるんだ」と、趙雲は腕を掴み止めたが、馬鉄はそれを振り払い再度馬超へと掴み掛かる。


「ふざけてるのは鉄の方だろうがっ!」


今度は馬超の下で黙っていた馬休が、兄に掴み掛かる弟を容赦なく蹴り飛ばした。
これまで相当なダメージを受けている馬鉄は、差ほど強くない蹴りでも再びベッドから落ちる。



何でそんなに必死なのか、全く理解できない。

否、理解したくなかった。

「………」
馬休は無言で馬超の手を払い、床に落下した弟の前に立つ。






「………僕がいつもどんな気持ちでいるか、鉄にはわかる?」
「………」
「中途半端な気持ちなら、これ以上僕に関わるなっ!!鉄のせいで僕はっ…………」








こんなにも迷ってしまっている。
辛い思いをしている。


鉄がずっと近くにいれば
鉄がずっと遠くにいれば









この心は
もう定まっているハズなのに―――





「………休…?」


冷たい雫が頬に当たり、馬鉄は思わず目を見張る。
こんな脆い兄を見たのは何時振りだろうか。

きっと今触れたら、兄は一瞬で壊れてしまう。
そう思った馬鉄は何も出来ず、ただ泣きじゃくる兄を見ていた。





趙雲がそんな2人を黙ってみていると馬超が服の裾を引く。
「………?」
視線が合うと彼は顎で廊下を指す。
馬休と馬鉄の2人を残し、年長者は部屋を後にした。





・・・・・・・・


部屋から離れ縁側に着くと、馬超は衣服の乱れを直し、腰を下ろす。
ちゃっかり酒の入った器を持ってきているのを見て、趙雲は苦笑しながらその隣に座った。




「鉄と貴様は付き合っているのではないのか?」
先ほどの鉄の行動をみると、どうも納得できない…と、馬超は言う。
「もしかして、さっき私と叔戒が一緒にいたのをみました?」
その問いに頷いた馬超をみて、趙雲は思わず笑ってしまった。

「あれは、明日の叔戒と馬休殿のデートの話をしていたのですよ」
確かに前は馬超も知っての通り、叔戒に教えて欲しいと言われて身体の関係はあったが、ここ数ヶ月そんなコトはしてない。
「今は互いに大好きな方へ必死にアプローチ中ですから」
そう言って馬超の手に掌を重ねようとすると、それに気付いたのか、サッと避けられてしまった。
本当に難しいお方だ…と趙雲は言う。

趙雲も言いたいことはあったが、馬超と馬休が勘違いをしてあの行動に走ったというのならば、それはもう聞く必要がない。しかし馬超にはやってもらわなくてはいけないことがある。

「叔戒に後で謝ってくださいね」
前科があるため、自分や叔戒に非は無いとは言い切れないが、今回の事で叔戒は酷く傷ついたのは間違いない。
馬超は暫し間を空け、「あぁ」と言った。その後に続けて
「だが……これでよかったのかもしれない」
と小さな声で言う。

「良い訳ないでしょうが、叔戒が「お前は鉄に肩入れしすぎだ」
馬超の言葉が重なり趙雲はその口を閉じた。

「……休は死のうとしている。否、もう死んでいるのかもしれん。」
「?」
「目を見ればわかる。あいつの目には光がない」
「どうして……。」
自分が馬鉄を抱いていたから、だから馬休は死のうとしているのですか?…と趙雲は問う。
しかし馬超は首を横に振った。



「………もしかしたら…と、思った事があるのだが……。」
馬休が変わった事といえば、生気が無くなった事ともう1つ。
「蜀に来る前……体を売っていたのかもな」
「え…」

あまりにも、その行為になれていた事。
都に行って変わったのかもしれないが、その考えは馬休自身の言葉によって、ほぼ打ち砕かれた。




僕がいつもどんな気持ちで居るか、鉄にはわかる?

中途半端な気持ちなら、これ以上僕に関わるなっ!!




どの言葉も、その考えに当てはまってしまう。

休は確実に鉄の事を好きだ。
それなのに鉄を受け入れられない理由がある…。


それに、岱から聞いた話ではあるが

「鉄が動けない間は、休が金を工面していたそうだ。……恐らく鉄にその金をどうやって手にしていたのか言わなかったのだろうな。それを苦にしているのかもしれん」
「…………」

この話は仮定でしかない。
かといって、なかなか本人に聞けるような話ではないし、馬休から口にするようにも思えない。となると…

「兎に角、今の勢いで何かしら解るというなら、それは物凄く良いことだ。」

普段強い感情を表に出さない休が怒りと酒でだいぶ人間らしさを取り戻している……。
だが趙雲はそれを聞いて別のことを心配した。

それは…

「それが本当だったら叔戒は…それを受け入れられるでしょうか……」
馬鉄はその馬休の言葉をきいて、物凄くショックを受けるかもしれない。
ましてそれが自分の為にしたということなら尚更だろう。

「…………とりあえずこの話は明日になれば凡そわかるだろう。」
「そうです…ね」
当事者ではない自分たちがここで話したところで、どうにかなる問題ではない。
自分たちがどうにか出来るのは自分たちの事のみだ。


「そう言えば、さっき言ってましたよね?」
「何をだ?」
「身体を持て余している…って」
「…………」
趙雲の言葉を聞き馬超は表情を歪ませる。

「部屋に戻れないようですし、どうです?今晩は私の部屋に来ませんか?」
「断る」
あっさりと拒否された趙雲だが、馬超とは逆でその表情はとても穏やかだった。





・・・・・・・・・・・


一方馬休と馬鉄は、未だ何も言葉を発さず膠着状態である。
時々馬休の嗚咽が小さく聞こえるだけだった。

こうなった原因はなんなのだろうか。
馬鉄は普段あまり使うことのない頭を必死に使い考えてみた。
(こんな頭で考えつくことなんて、高が知れているけどそれでも考えないよりはマシだ)
そう思い思考回路を巡らせるが、いくら考えても何故馬休がこんなにもボロボロになっているのかが、馬鉄にはわからなかった。
でも一つだけ言えることがある。

「俺、中途半端な気持ちなんかじゃない。本気で休のコト好きだって」

「………」
「休が兄貴の事を好きだとしても……、絶対認めたくない。」
「…それって僕の気持ちは無視ってことだよね」
「だって好きなんだから仕方ないだろ。そんな簡単に諦められるかよっ」

普通はそうかもしれない。
ここまで話が捩れた原因は明らかだ。
自分の気持ちを真っ直ぐと伝えた趙雲や鉄は何も悪くない。

好きでありながら拒むほうがおかしいのだ。
だけど素直じゃない兄はともかく僕は……

「…………そんな簡単な問題じゃないって」
そう呟くと突然馬鉄は立ち上がる。突然目の前に出来た影に驚き、馬休は思わず顔を上げる。


「休が1人で勝手に難しくしてんだろっ!!」
「…………」
この話の何処に難しい事があるのだというか?と馬鉄は憤りを感じ、叫んでしまった。

「別に休が俺の事を好きじゃないなら断って終わりじゃないかっ」

馬休が馬鉄を好きなら、なにも考えることは何もない。
ただ頷けばいいだけなのだ。

それなのに何故、簡単な問題ではない…と休が言うのか全く理解できなかった。
だがその理由はさっきの馬休の言葉に解がある。
それは馬鉄も気付いていた。

「休の気持ちなんて、分かる訳ないだろ…。だって俺に何も言わないじゃんか」
「………」
「俺馬鹿だから、何思ってるのか口にしてくれねーと、全然わかんねぇっ!聞きたいことがあるなら何も隠さず答える。だから休も隠し事なんてやめて全部言えよ……」


自分が頼りないのはわかっている。言ったって何の役にも立てないかもしれない。

だけど言わないことには何も始まらないだろうが

馬鉄はそう言って兄の肩に腕を回し強く抱きしめる。
その身体は自分とは違って本当に脆く壊れてしまいそうだった。
今自分が離したら、きっと倒れてしまうのだろう…と思ってしまう程に。


「……………どうして…」




震えた声で馬休は馬鉄に問う。
どうして趙雲ばかり頼るのかと。

蜀にきてから数ヶ月もすると、馬鉄は何かあれば趙雲のところへと行っていた。

「鉄は…僕の事………必要じゃないの」
「…………」

馬鉄が自分の事を好きになるのは、馬休にとって正直困った事態であった。
何れ自分は居なくなってしまう。
となると自分が去った後、残された馬鉄には辛い思いをさせてしまうのだ。

しかし当てにされないというのはとても虚しい事である。
それが馬休にとって1番の精神的負担となっていた。



「なぁ休、どうやったら休が俺の事好きになってくれると思う?」


「何、いきなり……」

「だって、休は俺が子龍に聞くのが嫌なんだろ?…それで休にそんな顔させてるんだったら、休に聞く」


「男同士ってだけでも微妙なのに兄弟ってやっぱり不味いかな」
「……」
「明日の買い物、何処に連れて行ったら休に喜んでもらえる?てか緊張して今日ぜってー眠れないって」
「………」

馬鉄は腕を解き、どの問いにも答えない馬休と向き合う。

「確かに、子龍とは身体の関係だってある。でもそれは、下手で休に嫌われたら嫌だから…って、あの時の俺,
変なところで意味わかんねー見栄張ろうとしてたんだ」

そういう事はあったが、前も今もずっと自分は馬休の事が好きだし何時だって必要としている。
「ただ、最近は休に聞けないことばっかなんだよ……。休だって答えられないだろ」

…と馬鉄は言った。


「俺の気持ち分かったか?」
とても鉄らしい行動に、馬休は少し笑う。

18年も鉄の兄をやっていて、そんな事にすら気付けないとは、本当に自分に余裕がなかったのだと思う。
それはそうだ、いつもギリギリの所にいて、余裕なんてなかった。

「ねぇ、1つ…僕の質問に正直に答えて。そしたら僕も…自分の気持ちを正直に言うから」
勿論!と馬鉄はとても嬉しそうに頷き、馬休の問いを待つ。
しかし、質問を聞いた瞬間その表情は一転した。


「曹操を殺せるけどその場合僕も死ぬなら……、一生曹操は討てなくてもいいと思う?」


我ながら弟と同等の馬鹿かもしれないと思った。
これではこれからの状況をそのまま聞いているだけだ。
だけど何かに例えるような事例なんて、今の一瞬では思いつかない。


「……意味わかんねー。なんで曹操を殺すと休が死ぬんだ?」
「言葉の綾だよ。鉄にとって僕の命の重みがどれくらいなのか知りたい。曹操を討つのは僕らにとって…」
「そんなのと休の命を一緒にするな。曹操の命が10個あったって休の命1つの重さにもなるわけないだろっ」


――――休と一緒に居られなくなるなら、曹操なんか討てなくてもいい




「…………それが…鉄の答え?」
「あぁ」


僕は…



僕はもう少しで、取り返しのつかないコトをしてしまうところだったのかもしれない。
僕が命を捨てて曹操を殺したところで鉄は幸せになんかなれない。


残された鉄が辛い思いをして終わる、ただの無駄死にだったんだ。


「答えたんだから休の気持ち教えろよ。」
「……明日…でいいかな?その時改めて鉄の気持ち聞こうと思う……」


明日皆に話そう。
僕がしてきたことの全てを。

憎まれても、怨まれてもいい…
もう何も怖くない。

全てを知った鉄に見捨てられたとしても、その時は予定通り魏に行って曹操の首をとればいい。
だから今は、喪うかもしれないこの幸せを胸に刻みつけよう。

君が何も知らない今は、キスも身体を重ねることもできないけれど、この言葉だけは聞いてほしい。





「鉄……ありがとう」






泣きながら笑む兄を見て、訳が分からなかったが、馬鉄はとりあえず頷いた。







・・・・・・・・・


次の日、2人で買い物の予定だったのだが、馬鉄が馬休に連れて行かれた小高い丘には兄と従兄そして趙雲がいた。
「ちょっと待てよ!!今日は買い物って……」
「……ごめんね鉄。ほら僕って決心したらすぐ行動しないと気がすまないから」

馬休は馬鉄を並んでいる3人の方へと押し、4人と向き合う。
雲1つない綺麗な青空を仰ぎ見て馬休は深呼吸をした。

こんなに清々しい気分になったのは本当に久しぶりだ。


「昨日、僕また鉄に告白されちゃったんだ…。それで色々とあって今日返事をするって…約束したんだ」
「……ちょっ……休、何言ってんだよっ。まさかそれを言うために、わざわざ皆を呼んだのか??!」
馬休は「そうだよ」と笑いながら言う。
それを見て馬岱と馬超は呆れた表情をし、趙雲は少し嬉しそうな顔をしていた。


「でもどうして今まで僕が鉄の思いを濁してきたのか、鉄だけじゃなくて皆も知った方がいいと思ったから呼んだ。趙雲さんは…まぁおまけかな。鉄が色々世話になったし。これから僕の義兄さんになるかもしれないしね」

「…さっさと主題を言え。俺だって暇ではないのだぞ」
表情が険しくなった馬超だが、それでも馬休は更に兄を挑発する。
「照れちゃって。…昨日趙雲さんの部屋に行ってたくせに」
「…………」
馬超は笑う馬休に何も言い返せず口篭った。


皆、笑っていられるのはここまでだろう。
さて僕は……どうなるんだろう。

風が吹き木々が揺れる。
その風が止まると馬休は再び口を開いた。


「もし聞くに堪えられなくなったら、いっそのこと、その腰に携えている剣で一思いに斬っても構わないから」

馬超と趙雲は目を合わせる。
昨日の話もあり、馬休が何を言うのか、見当はついていた。
だが、その内容だけではどうも今の言葉とは釣り合わない。

そんな事を思ったのも本当に一瞬の事だった。





「蜀の情報を魏に流しているのって僕なんだ。」




皆の表情が変わったのは殆ど同時だった。
それはそうだ、誰がそんな事を言うと予想できただろうか。
誰か1人くらいは罵声をあげるかと思ったが、どうやらそれすらも上げられない程、衝撃を受けたようだ。
しかしもう止められない。
止めてはいけない。


「僕の主は劉備殿なんかじゃない……。魏王曹操。“あの日”からずっと僕はあの人に忠誠を誓ってる」
「ちょっと待てよ…休。あの日って……まさか」
馬岱は冷静でいる素振りをしながら馬休に問う。
それでも声が震えており、動揺しているのはすぐにわかった。
兄と弟は恐らく頭の中が真っ白になっているだろう。2人を見ても視線すら合わない。

「兵に捕まった鉄を助けるためにはそれしかなかった。…その後は曹操の下で働きながら鉄の回復を待った」本当はすぐに鉄を兄様のところに逃がして曹操の首を獲ろうとしたのだが、兄様が敗戦しそれは叶わなかった。

そして色んな経緯を経て密偵としてこの蜀へときた。ここまで来るまでの脚本もきちんと用意されたし、僕が裏切らない限り恐らく密偵だとバレる可能性は極めて低い。


「この話を持ち出された時、僕はすぐに引き受けたよ…。今度こそ鉄を兄様に預けられるからね」

鉄の安全が確保できたら、魏に戻り曹操の首を獲る…そういう計画だった。
しかし大誤算だったのは、長くこの場所に居すぎたこと。


「あとね、実は僕、父様の首が刎ねられたの、誰よりも近くで見たんだ」
「!!?……………それって、まさか」
誰よりも…と言う言葉が指す意味は一つしかない。瞬時に気付いた馬岱の顔は青褪め

…そして

「――――っ!!」
「馬超っ!!」


少し遅れてその意味に気付いた馬超は、腰にある剣に手をかけ、足を踏み出す。
しかし、隣にいた趙雲と馬岱に腕を掴まれ、前に出ることができなかった。
だが馬超はその2人の手を振り払い、剣を振り上げ突き刺す。

刺されると思ったが、馬休は瞬きせず馬超を見ていた。
そして今、目で地面に突き刺さっている剣へとゆっくり視線を動かす。

「その剣で俺を斬れ。お前が辛い思いをしたのは…全て俺のせいだ」
「……………」

馬休は首を横に振った。

どうしてそんな酷なことを言うのだろうか。
父様を斬った時のあの感覚はもう2度と思い出したくもないというのに。

馬休は剣を抜き、兄へと返した。









「……………話はそれで終わりか?」



歯を食いしばって感情を抑えていた弟は、頭の中が整理されたのか、漸く口を開いた。

「俺を護るために、休が辛い思いしてきたのはわかった。……だけど、それじゃ俺の気持ちを拒む理由にはならないっ!!」
「休は死ぬつもりだったんだ。だからお前の気持ちにはっ……」
馬岱は今の話からの憶測を口にする。話をきいていれば、簡単に分かることだというのに、それすらも理解できないのか…と内心思った。

が、その途中で今度は馬超が馬岱の言葉を止める。


「…休、後は2人で話すといい。……皆が居ては口にし辛いだろう」
馬超の言葉を聞いて、淋しそうに笑む馬休。


「ホント鉄と兄様は、変なところで勘がいいんだから。でも心配はいらないよ」
そう言いながら、馬鉄の前に立った。


全てを話すと決めた今、何も隠すような事はない。


「鉄、僕ね……」










ずっと曹操に抱かれてたんだ


何十・何百…数え切れないくらい曹操にこの身体を犯され、汚れきってしまっているこの身体で、鉄と交じり合いたくはなかった。それが近いうちに別れの日がくるというのなら尚更。


君まで汚れてしまうような気がして…
だから拒み続けた。

「本当はこの手で鉄に触れるのも嫌だった…」
そのこともあり、自分でもわかるくらい鉄から離れている時期があった。
思い当たる節があった馬鉄は、その時のことを思い出し、苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


「こんな僕だってわかっても、……鉄はまだ昨日と同じようなこと…言える?」



弟は何も答えず、ただ下を向いて小さく震えていた。
それを見て馬休は笑みながら「無理しなくていいから」と言って、皆に背を向ける。


「あと8日後、陽平関を落とそうと曹操自ら軍を率いて魏が2方向から攻めてくる。……その時僕は魏に戻るよ」

「何を言ってるんだっ、そんなことさせるか!!」
背後で聴こえた馬岱の声に馬休は首を横に振る。


「僕なら必ず曹操の首をとれる………、これでも結構信頼されてるんだ」

だから、今日の事は周りに黙っていてほしい…
そう言って馬休はその場から走った。




もう少し早く、自分が間違っている事に気付いたら、何か変わったのかもしれない。


今ここで涙を堪えなくても、良かったのかもしれない。






鉄とずっと一緒に
いられたのかもしれない―――














「そうやってまた、1人で背負うつもりなのかよっ!!」



去り際に聴こえた罵声に馬休は思わず足を止める。
その際、目頭に溜まっていた雫は大地へと染み込んだ。

「誰がお前を責めた!?兄貴も岱も誰も休のこと責めてないだろっ!!」

“あの日”は本当に周りに仲間が互いしかいなく、最悪な状況だった。
だけど、そんな状況でありながらも、俺が活路を切り開き、そして休が道を作った。
でも今は違う。どこを見ても味方ばかりだと言うのに…

「それでも今は休にとって四面楚歌なのかっ!?そう思うなら魏でもどこでも行っちまえっ!!」

風の音も木々の葉が擦れあう音も、鳥の鳴き声も全部耳に届かなくなった。
届くのは鉄の声だけ……




「四面楚歌状態なのに?どうやって?」
「しめんそか?なんだそれ…俺馬鹿だからわかんないんだけど」



「諦めるのは早いだろ?まだ1人になったわけじゃない」




そう鉄の言うとおりだ。
今まで1人になった事などなかった。


鉄という存在があったから、どんな苦痛にも今まで耐えてこられた。
だから鉄に見捨てられれば僕は

「………四面楚歌…だよ。僕にとって鉄は、生きる理由の全てだから」

あの時は間違っていたが、今は間違ってなんかいない。
例え家族が許しても、親族が許しても、他人が許しても
君という砦に護られていた僕にとって、そんなのは何の意味を持たない。





「……――――――!!?」





言葉の直後、本当に突然だった。
冷たかった背中に熱を感じたのは。


「休のそういう言葉が聞きたかった…」
肩に回された腕は強く自分を引き寄せた。
まるで、昨日の夜のように。


「俺もっと強くなって、休の事をちゃんと護れるようになる」


―――だから、それまで傍に居て俺の事を護り続けて欲しい……


全てを知って尚、鉄は自分を護れと言うのだ。
本当に、図々しいというのか神経が図太いというのか……


でもそれは遠まわしに「ずっと一緒に居よう」ということ。


止め処なく零れ落ちる涙。
それを手や腕に何度も感じ、今目の前の男がどんな常態か知りながらも馬鉄は「返事は?」と問う。



耳元で囁いた言葉は、死と繋がれていた男の鎖を完全に切断した。



「…早く……強くなって。僕そんなに強くないから……」
馬鉄は僅かに笑いながら「知ってる…」と言った。




少し離れたところで、馬休と馬鉄を見ていた3人はそれぞれ違う表情をしていた。
弟の二人の交際(?)を勢いで認めてしまい、複雑そうに顔を顰めている馬超。
弟分の恋が成就し、少し涙ぐみながら嬉しそうにする趙雲。
そして従兄弟の恋愛はどうでもいいとして、馬休の処罰の事を気にする馬岱。

どう言い訳をしようが、馬休がやってきたことは重罪だ。
この事に丞相等に気付かれてしまうと、とても不味いことになる。
それに、
「…………休、この蜀にどれだけ魏の人が入り込んでいる?」
魏にとって休は裏切り者となる。
只で済むはずがない……

「僕が知ってる限り…2人。」
自分がここに来る前から居る人だという。

馬休はなんとかうまくやるから大丈夫…と馬岱に言った。
その笑顔が馬岱にとっては少々不安ではあったが、本人が大丈夫というのなら、それを信じるしかない。
「なるべく兄様や岱には迷惑かけないようにするつもりだけど……迷惑かかっちゃったらごめんね」

馬岱にとって、馬休と馬鉄は自分の命を救ってくれた存在。
それ故、何が起きようとも苦ではない…と言った。






・・・・・・・






あれから数日…
城内に大きな変化があった。

1人の男が処刑された。
その男は魏の間諜者で、その時手にしていた書状により素性があきらかとなった。
他にも間諜者がいると推測され、更にもう1人処刑された。


最初に処刑した男が持っていた書状により魏が攻めてくるという事がわかった。
攻められる前に攻める…、となり城内は対魏戦の準備が慌しく始まったのだ。


あまりにも出来すぎた話である。それが創られた話であることを知っているのは、この話をつくりあげた人たちと、あの日休により丘に呼ばれた俺たちだけだろう。






「休!鉄!」

魏が攻めてくる2日前の事だった。
走り回る兵や文官の間をゆっくりと歩き、城の外へと向かう従兄弟の姿を見かけた馬岱は走った。


「………どこに行くんだ?」

明らかに2人の姿はいつもと違った。それに加え大きな荷物と武器を携えている。

今の状況から、馬休が自分のしてきた事を諸葛亮殿らに話したのはわかった。


動きを見る限り、明らかに休が裏切った…と言う証拠は何もない。
間諜者が休に渡す前に失態を犯し、それで仲間も捕まっている…
そんな状況にしているという事は何も処罰はないのだと思い、馬岱は少し安心していた。



「僕、蜀から追放って事になったんだ。随分と軽い刑罰でよかったよ。」

鉄のお陰なんだけどね…と馬休は苦笑する。
処刑も免れないこの罪が免罪となったのは、馬鉄が劉備の心を動かしたから。



「…なんか分かる気がする……。人の心に弱いからな。ここの主は」

「本当に寛大な人だよ……。岱たちが流れ着いたのがここで本当に良かった」
処罰と言うのは表向きだと馬休は言う。
もしかしたら馬休の知らない間諜者が居るかもしれない。
ならばいっその事、この城から居なくなった方が安全だ。

この処罰は、劉備と諸葛亮のそう言う心遣いだった。



「俺はまぁ蜀の地を荒らそうとする賊とかを鎮圧させるのが、主な仕事って事になるんだけどな」
「とかいいながら、賊だって勘違いされるなよ」
馬岱が笑い馬鉄が怒っていると、ふと馬休は兄の存在に気付いた。


少し離れ様子を見ていた馬超は馬休と視線が合い、趙雲と一緒にゆっくり近づく。




「2人で大丈夫なのか?」
兄にそう問われると、馬休と馬鉄は互いに視線を合わせ


「大丈夫、俺には休が居るから」
「大丈夫、僕には鉄が居るから」
と口にした。


その言葉を聞いた馬超は安心し、行って来いと言って2人の背を押す。



弟たちが、そういう関係になるのは良い事だとは思わないが、今まで辛い思いをさせたのだ…それで2人が幸せだというのならば、祝福してやりたい気持ちの方が大きい。
数日たち、馬超の考えはその様に変化していた。


「叔戒、手合わせしたければいつでも来てくださいね」
「悪いな。師匠の子龍より俺の方が先にいい思いしてさ」
嫌味っぽく言う馬鉄だったが、趙雲は首を横に振る。

「いいんです。幸せそうな貴方が見られて私も幸せですから。というか叔戒より私の方がはや…っぐ」

趙雲の言葉は途切れる。それは馬超が趙雲の口を塞いだから。

「さっさと行けっ。俺たちは忙しいんだ。岱も行くぞ。早くその荷物を置いてこないといけないのだろう」

明らかに動揺している従兄を見て、馬岱は目を細める。

「……そうでしたね。じゃあ2人とも気をつけて」

そしてブツブツと何かをボヤキながら、趙雲を引き摺る馬超の後ろをついて行った。

そんな3人を見て馬休は笑い、馬鉄は首を傾げた。
何を言おうとしたのか馬休に問う馬鉄だが、馬休は「さぁ?」と笑顔で話を濁す。
趙雲の言葉は気になったものの、馬鉄にとって、今の自分の幸せの方が大きくすぐに「ま、いっか…」と結論付けられた。

「じゃあ、行くかっ」
馬休の手を握り馬鉄は嬉しそうに駆け出す。
そんな馬鉄に引っ張られるように馬休も走った。









愛する人によって護られた紡がれた この命
大切な思いを胸に抱き、これからも共に生きていく


重なりあった気持ちが、違えることはないだろう…










青い空の下、2人の青年は無邪気に走りながら城を後にした。





END




あとがき