北跋と称し度々蜀軍が攻めてきた。だがその最中この五丈原の地で強く輝いていた星が突然落ちた。
これが何を意味するか、わかってしまった己が憎らしい。


「…どうなさいました?司馬懿殿」
「……いや、何でもない。」
張コウの問いに司馬懿は震えた声で答えた。

元から司馬懿の体は丈夫ではない。ましてや連日寝ることすらままならぬ状態なのだ。もしやと思った張コウは司馬懿の体を難なく持ち上げる。
「っ…何をするっ!」
「今あなたに倒れられると、この戦は確実に負けてしまいます。相手は先日から侵攻を止めていますので今の内に少しでも体を休めて下さい」
その張コウの言葉に司馬懿は抵抗をやめた。


もうこの戦
負けはしない


「張コウ降ろせ…。」


奴が




諸葛亮が



息絶えたのだから。









「すみません司馬懿殿。…私…どこか病むところにでも触れましたか…」
「……なにを言ってる」
「………」
張コウは何も言わず司馬懿の目尻を人差し指で優しく触れた。

月明かりに反射し光る指先。
その正体がわかった司馬懿は張コウに背を向け唇を噛んだ。


「…………今の司馬懿殿は美しくありません。」
後ろを向いた司馬懿の前に回り込み張コウは言う。

「…………」
「本当はあの方と戦いたくないのでしょう?」
その優しげな瞳に司馬懿は息をのんだ。


張コウは知っている。
私が不毛な恋をしていると。

それが誰であるのかも…





「辛い思いをさせて本当に申し訳ありません。」
「貴様が謝る理由はなかろう。」

本来であれば初めから望んではいけなかった。
それは互いにわかっていた。


幸せな未来はないとわかっていても


「全軍っ、一気に蜀を攻める!」

それでも互いに惹かれ合った。



愛し合ったという証はまだここに残っている。
己の体に刻み込まれている。


誰も知らなくていい。
ただ自分さえ覚えていれば。








辛いなどとは思わない。

このような形だからこそ
奴に惹かれ
そして奴もまた私に惹かれのだ。


今は出会えただけでも
神とやらに感謝しなければならない。


「諸葛亮よ、貴様と決着を付けられず残念だ。まぁこの司馬仲達の策謀を遙か高みより指をくわえながら見ているがいい。」



男の堂々とした声は突然吹いた風に運ばれ空へと消えた。