二人の関係が普通では無いと気づいたのは、わりと早いうちである。
あれだけしつこく付きまとっていた奴が温和しくなったのだ。誰だって当人であれば違和感を感じるだろう。

その原因が自分の弟だということを疑いはじめ、それは気のせいだ…と何度も何度も自分に言い聞かせた。

しかし、二人を見る度にその自己暗示は脆く崩れていく。


「叔戒、行きますよ。」
「ちょっと待って。まだデザート食べてない」

そう言った馬鉄に呆れながらも笑む趙雲。


“馬超”と、呼ぶ回数は減り
“叔戒”と、毎日何度も聴くようになった。


(無暗に俺の名を呼ぶなっ)


そう言っても奴はそれを聞き入れなかった。それをわかってて俺もキツい言葉を奴に言った。
いつまでも、どこまでも追いかけてくると自惚れていたのだ。
「どうしました?」
「っ――――――!」
突然話しかけてきた趙雲に驚き後ずさった馬超。
それを見てニコっと彼は笑む。

「鉄と鍛錬に行ったのではないのか?」
趙雲は、あぁ…と苦笑し馬超の隣に座る。

「叔戒ならデザートを満喫中ですよ」
指差すその先には、沢山ある果物の中からライチを選び嬉しそうに皮を向いてる弟の姿。

「………馬超殿も一緒にどうですか?今夜は何も用事が無いとお聞きしてますけど」
そう言うが二人の邪魔をしてはいけないと思い馬超は「遠慮する」と言いスッと立ち上がる。


「なぁ…趙雲殿」
「なんですか?」

「………あ、いや。何でもない」

喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。それは今まで何度も聞こうと思っていた事。


――二人は付き合っているのか?


今更こんな質問はおかしい。
心はどうであれ拒絶した態度を取り続けた俺が言える言葉ではない。

「今晩は月が出るのが少々遅いようですよ」
「そう…なのか」
だからどうしたというのだ?と馬超は思いながら未だ笑み続けている趙雲の顔を見た。



・・・・・・・


偶々だ。
眠ることが出来ずに夜道を散歩してたら偶然奴らと遭遇した。
激しい息遣いがきこえた。いつも聞いているようで聞こえていない声が耳に入り思わず立ちすくんでしまう。
しかしその声は己が一緒想像した様な事では無い。

「っぁ、まだだっ!」
ぶつかり合い鳴り響く槍の音。蜀に来て更に強さに磨きをかける弟の成長はとても喜ばしき事だった。

二つの影を少し離れた木の影から見つめる馬超。


(俺は今どの様な顔をしているのだろうか…)


弟の成長が嬉しくて笑っているだろうか?
それとも……


「…………何が錦だ…」

美しくとも立派でもない。






「俺は心まで醜くなってしまった様だな」
実の弟に嫉妬をするなんて思いはしなかった。しかしこの感情は紛れもなく醜き心である。




「馬超…殿?」

その声で名を呼ばないで欲しい。
これ以上心が汚れるのは誰が許しても俺が許さぬ。

その声で名を呼んでほしい。
この心の汚染を食い止める為に



「……どうしたのです?こんな時間に」



「趙雲…殿。わからぬのだ」


初めは二人が仲良くしてるのを見ていてとても微笑ましかった。しかしある一定のラインを超えた頃、それは次第に妬みへと変貌していた。

俺はそれに気づいていた。
気づいてはいたが何も出来なかった。
趙雲を好いていたのは紛れもない事実だ。
だが、兄として馬鉄の望みを叶えてやりたいという気持ちも強くあった。

矛盾した思いが螺旋のように絡まり合いどうしていいかわからなかった。


「………あー、俺なんか疲れたから後は兄貴が子龍の相手してやれよ。」
趙雲の後ろからひょっこり現れた馬鉄は持っていた槍を趙雲に渡しその場から立ち去った。




「馬超殿、お相手願えますか?」
「…………」
優しい声色で紡ぐ言葉に馬超は小さく頷く。


思えば趙雲と手合わせするのは何ヶ月振りだろうか。

二人の邪魔をしたくなかったのか
二人を見たくなかったのか…

気づけば趙雲からだいぶ離れていたような気がする。


「考え事とは、随分と余裕ですね。」
笑いを含んだ声でそう呟くと趙雲は馬超の持っている槍に強く打撃を与える。その衝撃で僅かだが手が痺れ、握りが甘くなる。趙雲はそれを見逃さない。




「馬岱殿ばかり相手にするから腕が鈍ったのではないのですか?」
「………岱は腕が鈍るほど弱くはない」
「そういう意味で言ったのではないですよ。」

趙雲は馬超の手から槍を取り、彼を草むらに座らせる。


「馬超殿は親族には甘すぎる。馬岱殿に本気を出して戦っていますか?」
「……………」
「叔戒のあの性格も貴方のせいだと言うのなら納得出来ますよ」
初めは馬超が歩んできた過程により、馬岱に対し異常な程優しくしているだと趙雲は思った。馬岱以外の一族を失ったのだ。それは当たり前と言えば当たり前だろう。

しかしそれは違った。

元から彼はそういう性格だったのだ。誰の目から見ても強く優しい兄なのだろう。


「すまない。鉄との時間を邪魔してしまって」
「……それは本心ですか?」
「………っ」

趙雲は馬超の顔を覗き込みながら尋ねる。しかし互いに表情は見えなかった。

月が雲に隠れてしまっていたから。

「夕刻、私に何かききたかった事があったのでは?」


ききたいこと…


「躊躇うなんて貴方らしくない。でも別の角度から見れば貴方らしいですけど」


それは







「趙雲殿は…鉄と」
「付き合っていますよ」
意を決した馬超の声が終わる前にもう一人の声が重なった。

その瞬間、どうすることも出来ない感情が馬超の中に溢れる。
それは今までの様に矛盾した二つの感情ではない。

悲しい…
ただそれだけだった。



「……そう…か」
そう呟くと、聞いたことのないくらい大きなため息を付く。
馬超は思わず趙雲の方を見た。


「たまには甘えてみませんか?」
「わけのわからぬ事を言うな」
「本当に素直じゃないお方だ」


クスクス笑いが聞こえたかと思えば突然肩に手が掛かり馬超は思わず体を竦める。


――嘘です。叔戒と私はそういう関係ではありませんよ。


僅かに洩れる息と共にそんな言葉が馬超の耳に届いた。


「っ………なぜ嘘をつく必要がある!?」
「実をいうと…馬超が色々と躊躇っているのを見てるのが可笑しくて、つい。」
「今のことは認めるが、色々…と言われるのは腑に落ちぬ。俺がいつ何を躊躇ったというのだっ」

恐らく趙雲は満面の笑みを浮かべているのだろう。
見えないことが無性に腹が立つ。

「では、何故先ほどのような事」
「そっ……それは」
「そんな馬超殿を見るのも可愛らしくて好きなのですが…」
月明かりが二人の間に差し込み一瞬だが趙雲の顔がはっきりと見えた。

「そろそろ、本当の気持ちを言ってくれないとおかしくなってしまいそうだ」

雲に隠れるのは月だけで十分…、そう言う彼はとても真剣な顔をしていた。





「先ほどわからない…と仰りましたが、本当にわからないのですか?」


何故、この場所に来てしまったのか
何故、私と叔戒の関係を尋ねたのか


何故、心が苦しいのか……


「本当はわかっているのでしょう?」
「……」

趙雲はタチが悪い。
全ては俺の感情を知っていてやったことなのだ。

「………貴様など大っ嫌いだ」
「私は大好きですよ。素直じゃない貴方も」
「…………」

よくもまぁ恥ずかしくもなく男に向かって好きだと言えるものだ。

「………鉄はどうなんだ」
もしかしたら鉄は本当に趙雲の事を好きなのかもしれない。

「叔戒は私の事を義兄様と呼ぶ日が来ることを楽しみにしてる…と言ってましたよ」
「嘘だ」
「えぇ。嘘です。」
しかし趙雲は鉄は自分には恋愛感情は100%抱いていないという。
100%…と言うことは、何か根拠があって言っているのだろうが、それは教えてはくれなかった。


「気にしていた叔戒の事も勘違いだったわけですから……是非馬超の口から本当の気持ちを聞きたいですね」
「誰が言うか。」
「それなら金輪際馬超と話をしません。」

好きだ…と言って一瞬だけ恥じるか
それともずっと苦しい思いをするか……

そういう選択肢なのだろう。
なんて幼稚なのだろうか。

しかし、全体を客観的にみれば俺の方が幼稚だったのかもしれない。色々と過去を遡りため息を付く。






「………貴様の事が…好きだ」




もし聞こえなかった…と言えば殴ってやろうと思った。
が、どうやらか細い声は奴の耳に届いたようだ。

嬉しそうに笑んだ表情がその証。


だが、


「すみません。全然聞こえませんでした。“誰”が“誰”を何ですって?」
ニヤニヤしながら趙雲は言う。それを聞き馬超は頭に血がのぼる。

「馬孟起は趙子龍っ!貴様が好きだっ!!これで聞こえなかって言うのであればその耳叩き斬るぞ!」

もう半ばやけくそだ。
これ以上余裕な奴の顔など見たくなかった。





馬超は今が夜だという事を忘れていた。
ここが兵舎の近くであることも忘れていた。






「馬超うるせーぞっ!!野郎への告白なんて聞きたくねーんだよ!!」

どこからか張飛の怒声が聞こえてきた。それを筆頭にざわざわとした数多者の声が聞こえ始める。
馬超は血の気が一気に引き青ざめる。しばらく呆然と周りの声を聞いた。



「これでは今夜の月の様に隠れながら付き合うのは難しそうですね」
「きっ、貴様……」
趙雲の言葉で我に返った馬超は再び激怒し彼を押し倒す。しかしそれが更に誤解を招く羽目となってしまった。


「……少しは躊躇してください。あまり真っ直ぐ過ぎると趙雲殿の思うつぼですよ」
二人で同時に上を見ると、呆れた顔の諸葛亮が立っていた。

明らかに睡眠を妨げられ機嫌が悪い顔だ。
触らぬ諸葛亮に祟り無し…と思った馬超は、言いたい事は沢山あったがなにも言い返さずただ謝罪をした。






しかし、次の日大量の仕事が用意されていたのは言うまでもない。


仕事よりも他の者たちの視線が痛く、穴があったらずっと入っていたいと馬超は呟く。
すると
「馬超殿は入る方ではなくいれられる方なのでは?」
という、軍師のとても冷たい言葉が聞こえ、馬超は仕事を投げ捨てその場から走り去る。



「間違ってますか?」
「流石軍師殿ですね。しかし馬超を苛めていいのは私だけですよ」

馬超が去った後、そんな二人の会話を聞いた馬岱。
そして彼は更に馬超の護衛に徹するようになった。






END

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久しぶりに一気に打ちました。ひねくれた馬超も素直な馬超もアホな馬超も全部大好きですvV
十六夜の意味が途中からズレてきて大変だった〜(+_+)
思いつき小説って自分が何を書きたいかわからなくなるので書いたあとによく首を傾げるんですよね(笑)
馬超視点で話を書くのは初めてかも(>_<)

2009/10/03