じゃあ1週間後
それでも僕の事が好きで居られたら
鉄の気持ちを受け止めてあげる。




「…鉄、大好きだよ。」


何が現実で
何が夢なのかわからない。



きっと…これは全部夢なんだ。
この国に来たのも
親父が殺されたのも
涼州を離れ都に行ったのも……

じゃないと……俺は―――





Approach→betrayal 







約束の日は明日。
昨日見たことは子龍にも休にも問わなかった。
それをきいたとして何かが変わるわけではないから。

休は1週間経ったら俺の気持ちを受け止めると言った。
だから余計なことは考えるのは止した方がいいだろう。
そう自分を諭した。


突然城内が慌しくなった。
と言うのは情報を魏に流していた侵入者が発覚したそうだ。
これで一先ず城内は平穏になるだろう。
誰もがそう思った。


「…公開処刑…か。」

「皆に疑心暗鬼を抱かせましたからね……。きっと軍師殿が言ったのでしょうね」
観に行きますか?と趙雲は槍を置き馬鉄に尋ねる。
処刑を観に行くなんて趣味の悪いことなんてしたくは無かったが、魏なんかに情報を流した奴の顔を一度みて見たいという気持ちもあった。
結局馬超・趙雲・馬鉄の3人で処刑場へ行くことになった。
馬休・馬岱・姜維はその件で諸葛亮が席を空けているため手が足りなくなっている文官たちの手伝いをしなくてはいけないようで処刑を見に行けないそうだ。

沢山の人が集まっていた。手を縛られ中心にいる人物。その男が魏の密偵である。
馬超たちが行くと民たちはお通りくださいと道を開けた。
頭を下げながら開けられた道を歩き、最前列へと3人はたどり着く。そこには張飛や関羽もいた。

「………あの男が魏の者か…」
「…確かに、見覚えのない人ですね。」
「もう少し城内の警備も考えなければならないだろうな…」
そんな会話をする馬超と趙雲の横で、馬鉄は目を見開いたまま固まっていた。


というのはその人物に見覚えがあったからだ。


「ここだけの話ですが、実はもう一人内通してる者が居るのではないかと思われてるのですよ。」
「何故だ?」
「………よく考えてみてください。あの者が軍議で話している内容を把握するのは少し難しいと思いませんか?」
男が扮していたのは一介の兵卒。たかが兵卒がそれを知るのは無理に等しい。


「……………」
「……叔戒どうかしました?顔色が悪いですよ??」

広場で観衆の視線の先にいるのは

約束をしたあの日…
俺たちの部屋から出て行った男だ。



休が忘れ物をしてそれを届けた男。



たったそれだけのことなのに
どうしてだろうか。
心臓が強く脈を打って止まらない。

先ほどの趙雲の言葉が頭から離れない。
違うとわかっているのに……
どうしても結び付けてしまう。


諸葛亮の傍に居る休ならば…





(違う違う違うっ!!)




そんな馬鹿な話があるはずがない。
第一、休と俺はずっと一緒にいたんだ。俺が休ではないと一番わかっているじゃないか。
それに呉なら可能性は少しはあっても魏なんかに手を貸すはずは無い。
あいつらはみんな…一族の敵なのだから。
馬鉄は一呼吸置いて今目の前で斬られる男をみた。



・・・・・・・・・



「…………」
正直処刑なんて見るものではないと思った。斬られる前、一瞬だったが男が父の姿と重なった。あの様に父も死んでいったのか…そう思うと胸が苦しくなった。
誰よりも強いと信じていた。
そんな父が死んだなんて未だに信じられない。

そんなことを考えていると再び城内がざわめき始めた。
漢中に魏が攻めてきたそうだ。

馬鉄は急いで趙雲の元へと走る。

「叔戒、すぐに出陣する。今いる兵たちだけでは守れないほどの将が出ているらしい」
「………わかった。」
休は次の戦から出陣すると言っていた。
ということはこれが休の初陣となるのだろう。

どうだろうか?
今休は緊張しているだろうか?

「あと、馬休殿が叔戒の副将として参戦することになった。東の街道に差し掛かったら私が先ず先の状況を見てくる。その間拠点を叔戒が守ることになる」
「え……。それって……」
「叔戒は今や私や馬超殿と引けをとらないくらい強くなったからな。きっともうすぐで一軍を率いるようになるだろう。」

俺が一軍を率いる?


子龍や…兄貴に引けをとらなくなった?



「………叔戒?」
俺が兄貴に追いつこうとしている。

ずっとずっと望んでいたことだった。
初めて負けた時、追い越せない強大な壁だと思った。


「ははっ………親父にも今の言葉聞かせたいな」


それが今、同等の強さになるという。


「と、言ってもわたしたちに勝つにはまだまだ鍛練が必要だ」
「うるせー。今すぐ追いついてやるから覚悟しろよっ」
これほど嬉しいことはない。
早くこの喜びを休に伝えたい。


馬鉄はそう思いながら兄の下へと走っていった。


「……あんなにはしゃいで、子どもだな」
「そうだろ。まだ18だ。」
「あ、馬超。」
後ろから馬超に声をかけられ趙雲は振り向く。

「…岱をみなかったか?」
彼の話によると馬岱がいないらしい。
諸葛亮のところにも聞きに言ったが、少し前に部屋を出て行ったという。
出陣前だと言うのにどうしたのだろうか?

「………趙雲?どうした」
「えっ……いいえ。」
何かいやな予感がした。“彼”との約束を破ることになるかもしれないが、もしかしたら今すぐこの手紙を馬超に渡したほうがいいのかもしれない。

そう思い懐に潜ませていた手紙を取り出そうとしたが趙雲はその手を止める。



――――これは絶対に明後日渡してください。




いや駄目だ。“彼”のあの真剣な気持ちを蔑ろにするわけにはいかない。


「そろそろ時間です。……馬超、相手が魏だからと、突撃するのは止めてくださいよ。」
「……なるべくそうするよう心がける。が、機だと判断したら誰にも止めさせない。」
馬超は対曹操の為だけに編成した騎馬隊を配下に連れて行くつもりだ。

馬超も叔戒もそれぞれの志が高い。
ただ一点に狙いを定めそれだけを見据える。

やはりそうなると何か違うと感じるのは馬休だけだ。
彼は二人と同じような熱意は感じない。しかし、戦場に立てばまた彼も兄弟と同じ鋭い牙を剥き出しにするのだろうか?

・・・・・・・


「じゃあ私は先を見てくる。馬鉄ここは頼んだ」
「任せろっ」
防衛するべき今回の戦の重要な拠点にたどり着き趙雲は軍を止める。
そして丞相に言われたとおり先ず趙雲が先に馬を進め、相手がどの程度まで進軍してきているか確認する段取りを始めた。


もし敵が攻めてきたら休にいいところを見せるチャンスである。
そんな事を思っていると趙雲が槍の柄で馬鉄の頭を軽く叩いた。

「………敵がここまで攻めてこないことが最良だというのに、何を期待してるんだ」
「…………なっ…なんで」
馬鉄は趙雲に心を読まれたことに驚いた。すると趙雲は少し彼を睨みながら「顔に出ていた」という。
それを聞いた馬鉄は、反省の色など全く見せずにブツブツと文句をいう。趙雲はそんな馬鉄に今度は切っ先を向けた。


二人のやり取りをみて馬休は口元に手を当てながら笑う。

呆れた表情をしながら趙雲は数人の騎馬兵を率いて東へと進んだ。









「なぁ休。今日中にこの戦が終わるとは思えないんだけどさ」
「そうだろうね。でも約束は明日まで鉄が僕の事を好きだったら…だから返事を聞かなくても答えは出るでしょ?」
「……」
確かに、休の言うことはごもっともだ…と、馬鉄はよくわからなかったが何となく納得してみた。

「ほら、鉄余計なこと考えてないでちゃんと守らないと。この場所は山が入り組んでいるから伏兵なんて簡単に配置できるんだぞ?」
ほらあそことか…と、馬休は指を指す。
馬鉄は馬休の指先が指す場所を見る。確かに物陰が多くて伏兵を配置するのは容易そうだ。

「え…」

馬鉄は驚く。その方向で何か光る物が目に映ったからだ。

ほんの一瞬である。
だが……あれは間違いなく



「弓兵あの場所に矢を射れ!!盾を持つものは弓兵を援護しろっ!!」
「鉄…どうかし「休っ下がれ!!敵が居る。」
槍を武器にしている者はあの距離ではまるで届かない。
かといって近づけるほど安易に登れる崖ではない。ここは下がるしかなかった。


「うわっぁぁ」
弓が撓り矢が飛ぶと崖の方から声が聞こえた。

「1・2・3・4・5・6・7」
聞こえる声を数える馬鉄。
恐らく居たのは一部隊だろう。
暫く声が聞こえなくなると馬鉄は弓兵を止めた。

「すごいよ…鉄……」
「いや。休が指を指してくれたお陰だよ。他にもいるか確認しなきゃな」
「………………」




「一人逃げるぞっ!!」
「裏手に回れ!!」
「行かせるかぁぁあああっ!!」


“あの日”剣を握り岱を死地から逃がそうと敵に突撃した弟。

無我夢中で血を浴びたその姿はまるで鬼神であった。

あの時僕初めて鉄に恐怖を感じた。

そして何故あんな優しい弟が手を汚さなければいけないのだろうか。
以前は只そればかり思っていた。

だけど今は…



違う。



暫く警戒していたが、他に伏兵はいないようだ。
一息ついた頃前線へと進んでいた子龍が戻ってくる。

「どうだった?」
「……不気味なくらい静かだった。魏の兵が居ないのがとても不自然で。」
俺はさっきの伏兵のことを子龍に話す。
それを聞いた子龍は顎に手を置き考えた。

「両側を崖に囲まれたこの地は守るとなるととても大変なことだ。なら前方で敵を押さえてしまえばいい。」

となるとだ。


「……ここに5部隊ほど残しあとは前進するか。」
子龍は兵たちに指示し本隊はさらに前線の拠点へと馬を走らせた。

確かに子龍の言うとおり不気味なほど敵は居なかった。もしかして別のルートから拠点を狙っているのかも知れない。
他の部隊と連絡を取った方がいいと思った子龍は伝令兵を一人呼ぶ。
そして他のところの戦況を聞きに言ってもらうことにした。

「………なぁ子龍、実際のところ、蜀が魏の本陣に攻められるのっていつ頃になるんだ?」
「難しいことをききますね。……功を焦ると命を無駄にしますよ」
正直な話、蜀は魏に完全に押されてしまっている。こんな状況ではいつまで経っても曹操の喉もとに切っ先を突きつけることは出来ない。寧ろ赤壁でのことを考えると呉の方が戦力は高い。
「……鉄?何を考えているの?」
「いや…」
兄貴や休が蜀から離反するのは考えにくい。
それに、呉に行けばこれまで俺に優しく(?)してくれた子龍とも対峙することになる。

俺は今考えていたことを綺麗さっぱり頭から消した。



・・・・・・・・・・・


「全軍止まれ………」
「………」
子龍は突然馬を止め「シっ」と口の前で指を一本立てた。
辺りが静まると聞こえてきたのは馬の駆ける音。正面から…ということは敵軍であることは間違いない。

武器を各々構え敵に備える兵。
俺は休に後ろに下がるように指示をする。

「鉄っ……僕だって戦える。後ろじゃなくて前に……」
「休は相手の動きを先ず把握するのが先だ。そういうのは得意だろ!?」
「……う…うん。」
休は握っていた槍を近くの弓兵に渡し、代わりに弓兵が持っていた弓を借りた。

「後ろからなら…こっちの方がいいだろ?」
「そうだな。」
「頑張って。……敵には十分気をつけてね」
そう言うと休は後方へと走っていった。


子龍に呼ばれた俺は急いで最前列へと馬を駆けさせた。







「――――!!?」
更に進むと敵の部隊が見えた。
しかしその人物に思わず俺は息を飲む。


「ほう………趙雲がこっちを攻めてきたとは。儂の勘もだいぶ鈍ったのう」

それは趙雲も同じであった。
目の前に現れたのは敵の総大将。

そして






一族の敵である、曹操だった。




「皆の者、奮戦せよ!あの二人倒した者には褒賞を10倍やろう」
曹操は兵にそう告げ後ろに下がろうと馬の首を返した。


しかしそれを俺が許すはずがない。

「叔戒っ!!」
あの背を見失ってはいけない。
これを逃したらいつ奴の首をとれるかわからない。

この命と引き換えにしたってあいつに――――――



「ぐぁっ」



えっ…――――?


俺は敵の中に突撃する前に馬の足を止め振り返った。
今聞こえた声は間違いなく子龍の声。

敵が俺より後ろに居るはずが無い。
矢が飛んでいったのも見なかった。

なのに……どうしてだ?






「…………」


あぁ…そうか




これは全部夢なんだ。




よく考えたらおかしい話だった。
休が俺の気持ちを受け止めてくれるなんて。
でもどっからが夢なんだ?



「…ねぇ曹操様、僕も褒賞10倍なんですか?」




趙雲の後ろで弓を構えながら笑んでいる馬休を見て馬鉄の目の前は真っ白になってしまった。
だが俺は崩れる子龍が視界に入り、我に返る。
そして子龍のもとへと馬を走らせた。

幸い矢は肩に刺さり致命傷にはならなかったがそれでもその傷で戦うのは無理に等しい。
手綱を握れない趙雲を自分の馬に乗せた。
男二人は馬にとってとても辛いものであるが、頑張ってもらわなければいけない。

「あれ…やっぱりうまくいかないな?ごめんなさい曹操様…」
「まぁよい。馬休よ主は十分に功を立てた。褒美は存分に与えよう。将兵らよ、機は今だ。一気に攻め立てぃ!!」
軍の大将がやられた今、兵を動かすのは俺の役割だ。
俺がしなければならないことは

「っ……今すぐ裏切り者を射「全軍っ…撤退だ!!」
「子龍?!!」
子龍の声に兵たちは皆走る。
そして馬休は悠然と馬鉄の隣を通り曹操軍の方へと駆け抜けていった。





――――鉄が馬鹿で本当に助かった。僕、そんな鉄が大好きだよ。




すれ違った時笑いを含んだそんな声が聞こえた。