だれだ?
こんなことをはじめに提案したのは。
とりあえず土下座して謝罪してもらいたいものだ。









広間で酒を交わす張飛と黄忠と馬超。
この城にある酒の半分以上はこの3人が消費していると思われる。
いつものように飲み比べをして、いつもの様に劉備や趙雲に止められる。


「おい、てめぇ馬超の弟だろ……アイツみたいに飲めねぇのか?」
「うわ……酒くさ……。」
近づいて目の前で喋られるだけで酔ってしまいそうな臭いに馬鉄は咽返った。
そんなの行動もお構いなしに張飛は馬鉄に絡む。
それを止めたのは馬休だった。

「止めてください張飛殿。……ほらそんなことしていると兄様に全部飲まれてしまいますよ?」
馬鉄を自分の方へと抱き寄せ兄を指差す。張飛がその指を追って馬超を見ると瓶一つ担ぎ飲みきってしまおうとしているところだった。
「おっおめぇ何してやがる!!」
「そこに瓶があるから飲んだだけだ。悪いか?」
口から零れた酒を手で拭い馬超は満足そうにニヤッと笑う。

こうなったら次に始まるのはケンカだ。



「そう言えば馬休殿もお酒飲めないのですか?」
「えっ…と、そうなんだ。……ダメ…かな?」
姜維に尋ねられた馬休は苦笑いしながら答える。その横で馬岱と馬鉄は顔を見合わせ呆れた表情で笑った。
というのは馬休が酒を飲めないというのは全くの嘘だからだ。

何があったか知らないが馬休は自ら酒から遠ざかっていた。

「ははっ…可愛いなぁ。でもこの国に居る以上少しは飲めるようになったほうがいいと思うよ。」
「あっ……あの……」
将の一人が馬休の杯の中の水を捨て、代わりに酒を注いだ。
馬休はその酒と男を交互に見る。

ここで飲まなければ男に失礼だ。
きっとそんな事を思っているのだろう…と馬鉄は思った。

悩んだ末に馬休はそれを一気に飲み干す。



「ところで鉄。…なんで休は酒を飲まなくなったんだ?」
「俺も知らないんだよな……。兄貴は知ってるみたいだけど教えてくれねーし」
「………酔うと凄いとか?」
「………休が酔うか?」
それもそうだな…と馬岱は呟く。
二人がそんな事を話していると、さっき酒を飲ませた男や姜維が興味深そうに近づいてきた。
それだけならよかったのだが、運悪く(?)諸葛亮までこの話に興味を示したのだ。

そして気付けば多数の将たちが集まっていた。


「………酔ったら脱ぎだしたりしてな」
「休ちゃん可愛いからどんどん脱いでくれっ!!」
劉封の発言に数名の将が盛り上がる。
そんな男たちを馬鉄は激しく睨みつけた。


でも実際馬鉄も知りたかった。
何故休が酒を飲まなくなったのか……

父も兄も教えてくれない。

それならいっそ自分の目で確かめた方がいいのでは?
そう思ったが、きっと余程のことがあったから休は酒を断ったのだ。

いつも好んで飲んでいたというのに…



ところで馬休本人はどうなったのだろうか。
先ほど男に進められて一杯飲んでいた。もしかしたらそこから我慢していたのが爆発するかもしれない。

馬鉄は馬休が座っている場所を見た。
すると……


「話終わった?」

円の外で張飛や黄忠や馬超の介抱をしていた。


「久々に飲んだ酒はどうだった?」
「あー…あれね、水だったよ。冗談で注いだんだって」
ニコッと笑って馬休は一気に飲みすぎた兄の体を擦る。


「全く……これだから従兄上は」
馬岱は介抱されていた馬超の前で溜め息をつき、彼の腕を自分の肩に回させた。
そしてゆっくりと立ち上がり「一度部屋に置いてきます」と言って馬超にブツブツとボヤキながら部屋へと戻った。

普通の人以上に酒に強い馬超だが、張飛や黄忠と絡むと飲みすぎて最終的には倒れてしまう。
黄忠は「まだまだヒヨッコじゃのぉ」と一人で更に飲み続けていた。



この日の出来事が事件のきっかけ。
そして事件が起きたのは次の宴会の時だった。








「ほら休ちゃんお酒飲めないみたいだから、こんなのはどうかな?って思って用意したんだけど」
前に酒だと騙して水を飲ませた男が馬休に話しかける。
そして前回同様水の入った杯の中身を捨て、瓶から何かの飲み物を注いだ。

「……ん、美味しい」
「アルコールは入ってないからどんどん飲むといいよ」
「ありがとうございます。」
馬鉄は馬休が男に笑顔を向けたことにムッとなる。しかし隣からボソッと「男の嫉妬ほど見苦しいものはないよ」
と馬岱に言われ、握った拳を床に下ろした。
だがどうも納得がいかない。
馬岱は男の嫉妬は見苦しいと言ったが、果たしてそれは人に言える立場なのか……?と聞きたくなるものだ。

そんな会話をしているとき、馬休に飲み物を渡した男・周倉をはじめ、劉封や諸葛亮、更には姜維や馬良や馬謖らが皆馬休に対し目を光らせていたことに二人は気付かなかった。


「……………大丈夫なのか??だってあれは」
「しっ、多分平然と飲みきるって。前のだって水って言ったら信じたんだぞ??だから余計なこと言わないで黙ってみてろって」
皆が企んでいることを知っている関平は止めた方がいい…と訴えるが、劉封が関平の口を塞いだ。


長々と宴会が続き寝始めた者も出てきたため、広間はだいぶ落ち着き始める。
いつも通りに飲み比べをしていた馬超は少し足をよろめかせながら兄弟たちがいる輪へと戻り、今は趙雲の肩を借りて夢の中へと落ちていた。
顔を歪めた馬岱に今度は馬鉄がボソッと「さっきなんて言ったっけ?」と意地悪く言う。


「それにしても、いい物を用意してもらいましたね。」
「………」
「?」
趙雲が馬休に話しかけたが返事がない。
それを不思議に思い趙雲は彼の顔を見る。

「……………まさか」
趙雲は馬休の手から杯を取り中の液体を少し口にした。
口に広がるのは完全に酒の味だ。

平然と飲んでいたから気付くのが遅かった。
馬休はどちらかと言えば話を聞いて合槌を打っていることが多く、話をしていなくても違和感は全くない。
「まさか…って…もしかしてそれ」
更に馬鉄が趙雲の手から馬休の飲んでいた杯を手に取り少し口にする。
だが一口含みきる前に、酒が苦手な馬鉄はそれを吐き出した。

「………………なっ…これ酒じゃんかよ」
それもかなりアルコールが強い。





「あぁ、ばれちゃったか。それにしても大して面白いことにならなかったな。ただ黙ってるだけじゃないか」
残念そうな声で後ろからそう言った劉封。
そして、馬休の肩に腕を回し
「脱いだりするの期待してたのに…」
と耳元で呟く。そんな劉封の行動に馬鉄が感情を爆発させないはずはない。

「てめぇっ!!」
「おっと、……危ないって。素面なのにそれはイケないと思うけど?」
馬鉄の拳を軽々避けて劉封は笑う。だがその避けた先から更に拳が飛んできた。
見事拳が顔面に当たり倒れた劉封は何が起きたかわからず顔を上げる。
すると今にも泣きそうな関平が目の前に立っている。となると、今の拳は関平のものだったのだ。

「馬鹿っ!!」
関平はそう叫んで広間を去る。
ちょっとやりすぎたかな…と呟いた劉封は立ち上がりそんな関平を追いかけ走った。


「ちょ…待てよっ!!」
馬鉄は劉封を追いかけようとしたが、それよりも先ず馬休を何とかするのが先決だ…と思い踏みとどまる。
兄の表情はやはりまだボーっとしていた。


さっき劉封が言った言葉は正直な話、馬鉄の頭で引っかかっていた。
これが原因で酒を飲まなくなったというのは考えづらい。
となると、酒を飲まなくなった原因は他にあるということだ。

そんな事を考えていると



「…………ねぇ…誰が僕の相手…してくれるの?」
兄が立ち上がり突然そう言った。

「……休?」



「相手って言うのはどういう意味での相手かな?」
馬休の言葉をきき、一人の将が立ち上がる。
「やめろって、あの弟や趙将もいるんだぞ」
一緒に飲んでいた男は止めようとするが、男の言葉に馬休はニヤリと笑った。



「じゃあ僕に手合わせで勝ったら、今晩だけなら何でもしてあげるよ」
馬休のその発言に更に色んな兵たちも注目する。一気に広間は宴会が始まった時並にざわめいた。
「おっ、おい休何言ってるんだよっ」
馬鉄は彼を止めようとするがその手を振り払い騒ぐ輪の中へと足を進める。


「……なんだ…この騒ぎは…。」
隣に趙雲がいなくなり、床に倒れていた馬超は男たちの声で目を覚ました。
馬岱は目を覚ました従兄に問う。

「休が酔ってしまったらどうなるのですか?」
「……それは、言えぬと前にもいったはずだ……」
「でも」



今、多分酔っていますよ?



気持ちよく酔っていた馬超は「なっ…」と小さく声を発し騒ぎが起きている方を見た。
赤みを帯びていた顔が一瞬で青ざめたような気がするが気のせいだろうか?…と馬岱は馬超の顔を凝視する。

「………趙雲、今から貴公の部屋に行ってもいいか?」
「なっ従兄上何を…」
「お前か鉄かわからんが、興味本位で休に酒を飲ませた奴が責任を取れ、俺は知らんっ。……趙雲、怪我する前に逃げるぞ」
そう言って馬超は趙雲の手を掴み広間から颯爽と出て行く。