いつ死んでもおかしくない戦場に長年立っていても、別れというのは到底慣れそうにない。
父・母…親族を多数喪ってこの蜀に降ってから数年。
今また、兄弟のように育ってきた従兄を亡くした。
最後に涼州に戻りたい…と願ったが、道中で息絶えそれは叶わなかったそうだ。
涙は流れなかった。
未だに実感がわかないからだと思う。
「……………」
それは、執拗に従兄上に執着した趙雲も同じなのだろう。
馬岱は彼に気付かれないように外を見る。
ただ呆然と屋敷の前に立っている男は腑抜け面をし、ただこの屋敷を見ていた。
30過ぎても妻を娶らずただ一人の男に求愛し続けた男の成れの果てである。
まぁそれに関しては…自分も大して変わらないが。
「なんの用ですか」
馬岱は屋敷から出て趙雲に問う。
従兄上の訃報をきいてここに来たのだろう。
「諸葛亮殿の話は……真か?」
「………錦も病には勝てなかった。それだけの話です。」
後悔するのはやはり従兄上の反対を押し切っても一緒に涼州に行けばよかった…という事だった。
劉備殿も病で倒れたそうだ。義弟の死が相当負担となったのだろう。
曹操も病で没したと聞く。
結局幾ら戦場で死なぬように努力をしても天命には抗えないのだ。
「…………なんで馬超が…。」
「元々ここの土地が合わないのもあるのですよ。」
それに曹操が没したと聞いた後、従兄上は戦う理由をそれ以上見つけられなかった。
復讐するために武器を奮っていたことが大きかったというのにその機動力がなくなってしまってはどうしようもない。
“岱なら俺とは違い周りに目を配りながら行動できる。俺が出来なかったことを成し遂げるのを楽しみにしている”
従兄上は本当に馬鹿だ…
貴方に出来なかったことがどうしたら俺に出来るというのか…。
それでも残された者は託されたモノを背負い前に進まなくてはならない。
「ここに居たって何も変わらないですよ。……そんな辛気臭い顔をしてここに居られたら迷惑です」
帰ってください。
馬岱はそう言って屋敷の中へ戻った。
「っ!!」
思わず喉まで出かかった言葉を馬岱は飲み込む。
本当はアイツに言ってやりたかった。しかしそれは言ってはいけない。
大嫌いではあるが、それでも趙雲は自分と同じく本気で従兄上を愛していた。
そして従兄上も……――――
「っ―――!!?」
「……っ言いたいことがあるなら吐き出せばいい!」
室内に足を踏み入れた趙雲は馬岱の肩を掴み自分の方を向かせる。
まさかの趙雲の行動に馬岱は下唇を噛んだ。
折角飲み込んだ言葉がまた気管に昇って来る。
ダメだと思っていても男の眼がそれを許さない。
「従兄上、この地を離れた方がいいのではないですか?」
「何故だ?」
「………ここに来てから体調を崩すことが多いと思うのですが。」
「…気のせいだ。恐らく食べ物が合わないのだろうな。」
「従兄上を返せっっ!!お前が従兄上を殺したんだ!!」
この地を離れようと何度も言ったが従兄上はその度に拒否した。
それは
「……っ、何で……従兄上はこんな男を。」
この地で出会った龍に心を奪われたから。
馬岱は感極まり、訃報を聞いてから初めて涙を流す。
その叫びは数時間に渡り屋敷の外まで響き、その付近を歩いていた者たちは一様に足を止めた。
今までの鬱憤を全て吐き出したと思われる彼の思いは趙雲にとってとても辛いモノであったが、彼はただ馬岱の叫びを黙って聞いていた。
・・・・・・・・・・・
「……………」
泣き叫びそのまま眠ってしまったのか?
そう思った趙雲はしばらく動かない馬岱に触れようとした。
「…………それでも、貴方には少し感謝していますよ」
肩に指先が当たりそうになったとき突然馬岱が声を発し、趙雲は驚いて手を引く。
「感謝?」
「………えぇ。貴方と居る時の従兄上はとても幸せそうでしたから」
悔しいが、あんな従兄上の顔を見るのは少なからずこの男のお陰であった。
馬岱は先ほどの無礼はお許しください…と趙雲に頭を下げる。
「馬超は私と居て本当に幸せだったのですか?」
「そう問われて俺が素直に首を縦に動かすと思いますか」
意地悪そうな笑みを浮かべ馬岱は涙を袖で拭い立ち上がった。
「………今宵付き合ってくれませんか。趙雲殿が知らない従兄上の話を沢山してあげますよ」
「今度は私が嫉妬する番…というわけですか」
「ご名答。」
「それなら私は寝台の上での彼の話をしましょうか?」
「………それは興味深いですね。取り敢えず薬草をたっぷり用意しておいた方がいいですよ」
一緒に居る年月は違えど、馬孟起という人物を誰にも負けないくらい愛した事には変わりない。
それは互いにわかっていた。だからこそ今このようにして居られるのかもしれない。
こんな男と傷の舐めあいなど勘弁だが、それでも
「…………ありがとうございます。趙雲殿」
彼が今の俺の一番の理解者なのだろう。
この屋敷に訪れたのも、もしかすると
「…在り得ないな」
馬岱は一瞬考えてしまったことに苦笑いをしながら、弔い酒の用意を始めた。
END
――――――――――
残された馬岱の話でした。
うちの馬岱をそのまま三国志の終焉まで持っていくと、だいぶ悲劇のヒロイン(違)になれると思います。
趙雲のことは大っ嫌いだけど実はそこまで嫌いじゃない。どっちだよ?みたいな?
諸司馬みたいな感じ…なのかな?(あ…れこれ何フラグ?)
無双って年齢が難しいです。
とりあえずこの場合馬超は30になる前に死んでいるということに。
早すぎだ…ぜ。
下に後日談をちょこっと。
2009/11/01
・・・・・・・・・・・
「馬岱殿、やりましたね!!」
血飛沫を浴びた馬岱は、駆けて来た姜維にたった今獲った首を投げる。
諸葛亮が没した今北伐は中止となり成都に一度戻ることとなった。
没する前に託された策。
それは魏延が叛を起こそうとするから彼を斬れということ。
諸葛亮殿の読みは見事に的中した。
成都にある屋敷に戻り馬岱は持っていた槍を立てかける。
並ぶ二本の槍。
嘗て錦と呼ばれた男が使っていた鉄騎尖。
そして嘗て龍と称された男が使っていた竜胆。
竜胆はまだ鉄の臭いが漂っている。
あの日此処で飲み明かした者からこれを受け取ってから6年も経つというのか。
彼もまた病であった。
「………早くそちらに行きたいものだ」
でなければ趙雲の方が従兄上と一緒に居る期間が長くなってしまう。
それだけが唯一趙雲に勝てることだったというのに。
「こちらは大変だというのに、従兄上たちは今頃一体何をしているのでしょうね………」
暗い部屋の中、崩落し朽ちてゆく国と向き合っていながらも男は薄笑いを浮かべ呟いた。
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