鍛錬が終わり部屋の扉をあけると兄の驚いた表情が見えた。

「あれ。鍛錬は?」
「今日は早めに終わった。もうすぐ魏に攻めるみたいだから、今のうちに休んどけ…だってさ」
そして手に持っている物を俺に気づかれないようにゆっくりと自然に服の中へとしまい込む。
「…………」
兄は何を隠したのだろうか?…と、気になったが休が見せたくない物なら無理をしてみようとは思わない。
いつもならそう思っただろう。
しかし…

「……休…今手に持っていた袋見せてくれないか?」
「袋?あぁ…これ、諸葛亮殿から貰った薬なんだ。最近ちょっと眠れなくてね」


休は嘘をついている。
“今”の俺にはそれがわかった。

「…それ、貸して」
「ダメだよ。少しでも間違った使い方したらずっと起きられなくなっちゃうから、鉄には危なくて持たせられないよ」
隠せていると思っているのだろうか?
手の動きはある意味でフェイク。本当に隠したい物は足元にも在ったのだ。

「休ってケチだよな」
「そんな事言うならもうご飯奢ってあげないよ」
「っ!それは嫌だ!!」
そう叫ぶと休はクスクスと笑った。それを見て俺はふてくされる…
いつも通りにそうやって振る舞ってみようと思った。



だけど


「……………ごめん」

やっぱり無理だ。
俺は子龍や岱みたいに表情を造る事は出来ない。

「ちょっと鉄っ!!」
寝台の上に押し倒し右手で休の両手を押さえつける。
そして左手を服の中へといれた。

「これが何かはわからない…。でもこれが休を苦しめてるんだろ?!」
休が足でベッドの下に隠した物はネズミの死骸だった。この部屋にネズミが居たことなんて一度もない。そもそもただ駆除して殺したのならば隠す必要はないのだ。
となると…わざわざ殺すためにここに連れてきてコレを使ったことになる。



「ダメだ鉄っ!!」
大きく振りかぶり馬鉄は小さな袋を外へと投げた。
「………」
最近の休は明らかにおかしかった。1人でいる時の兄の背はいつも震えていた。

「…………何があったんだよ」
そう言ってそっと抱き締める。すると休の震えが更に激しくなった。

「鉄の…せいだ」
「?」


「やっと…決心がついたのに…何でそんなに優しくするんだ……」
馬休は馬鉄の腕から逃れ2m程離れる。


「……死にたくないっ…。もっと鉄と一緒に居たいっ」


だけどそれは望んではいけないこと。
アイツを確実に殺すためには
鉄に戦いを止めてもらうには

己の死は必須事項だった。






「これが休の本当の気持ちなのか?」




「うん。もう叶わない事だけど…。わかってるよね?」


客観的に見ていた“彼”はそう尋ねる。その言葉に俺は小さく頷いた。




気づいていた。
この世界がおかしい事に。


これは
存在したけど俺の記憶とは違う世界。








「ありがとう休。今まで俺のそばに居てくれて…」

「ごめんね鉄。もう君の傍にいてあげられなくて…」






あの時今のように休の変化に深く足を踏み入れたら…休の行動を止められることが出来ただろう。
恐らくあれが最後の機会だった。



「僕は誰よりも鉄の事が大好きだから…」





初めての口づけ。
消えゆく光はとても温かく哀しいモノだった。




END


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二人が別れの言葉を言えればいいかなぁ…と思い、カタカタと打ち始めました。