「…ぁ…子龍っ。も…う…無理」


「やはり馬超殿とは違いますね。では、あまり焦らずゆっくり筋力をつけていきましょうか」
その一言が最悪な事態へと物事を進ませることに気付かず趙雲は優しげな笑みを浮かべながら馬鉄に言う。





「―――!!…っんだよ、兄貴は関係ないだろっ!」
腕立て伏せの状態からスッと立ち上がり馬鉄は趙雲に罵声を浴びせた。
「……どこに行くのです?まだ鍛錬の途中ですが」
鍛錬と言っても馬鉄一人に対する個人指導である。
どうも馬鉄は腕の筋肉の付きが悪い。基礎的なことより実践で力をつけていったせいかもしれない。

「……どこだっていいだろ。そんなに兄貴がいいなら兄貴とトレーニングしろよっ」
馬鉄はそう言って自分の槍を持ち屋内へと行ってしまった。



「………」
最近の馬鉄はおかしかった。
趙雲が少しでも馬超の名前をだすと直ぐに怒ってしまうのだ。
理由は何となく分かるにしても納得は出来ない。
自分はもう馬超を仲間としかみれない…と言ったはずだ。
どうやらそれを信じて貰えていないようだ。

「………」
「趙雲さん。」
馬鉄が去ったあと、趙雲の前に一人の男が現れた。
笑っているように見えるが、違う感じにも見える。

「鉄のことあまり虐めると、取り返しのつかないことになりますよ?」
その馬休の言葉の真意が趙雲にはわからなかった。
取り返しのつかないこととは一体何なのか…それを彼に問うと

「鉄は兄様と明らかに違うところが沢山あります」
と笑った。
それは、馬超と同じように扱わない方がいい…という警告にきこえた。
そんなことは言われなくてもわかってるつもりだったが、どうやら馬休からはそう見えないのだろう。
叔戒の一番側にいた人物だ。
彼がそう言うならそうかもしれない。



その夜、叔戒が部屋に戻ってくることはなかった。
恐らく馬休の部屋にでも行ったのだろう…と思ったのだが

それは違った。


「……馬超の部屋にもきてないのですか?」
「あぁ。どうしたケンカでもしたか?」
思い当たる場所は馬休の部屋以外には馬超達の部屋しかない。しかし其処にも叔戒はいなかった。


「大方くだらない事でしょう。従兄上、聞くだけ無駄ですよ。」
茶を淹れる馬岱はそう言って趙雲の顔をチラッと見る。

「…………」
「鉄はよく考えずにその時の感情で行動するので扱い辛くないですか?あ、でもそうじゃないと趙雲殿と一緒に居るはずもないか」
「………叔戒が一時の感情で私と共にいると?」
馬岱の言葉と笑いに顔を歪める趙雲。どうも今の言葉は聞き捨てならなかった。

「だってそうでしょう。俺なら貴方みたいな笑顔を安売りするお方はお断りだ。」
そう言って茶を趙雲の前に置き馬岱は満面の笑みを向ける。
しかし次の瞬間その笑みは哀しげな表情に変わった。


「……それが鉄を不安にさせてるのではないですか?」
「………しかし…」
笑顔を安売りしているつもりはないが、自然とそう見えてしまうのは己の性格なのだろう。

「まぁその点俺は常に従兄上の事を一番に考えてますからね」
「それならば少しは一人の時間をくれぬか?常に監視されているのは気が滅入る」
「嫌です。一人にして綺麗な花に変な虫が付くのは嫌ですから。一番大きな虫が別の草に付いたからと言って油断は出来ません。」
その言葉を聞いて馬超はため息をついた。




良からぬ噂を聞いたのはその数日後であった。
馬鉄は毎夜毎夜色んな将の部屋を渡り歩いていると聞いた。
それがただ泊まってるだけならいいのだが……


「馬超の弟凄いらしいぜ。そこらの女とヤるより興奮するってよ」
「マジか。じゃあ今日は俺が部屋に誘って見るかな」
「やめとけやめとけ。今日はもうあの男の所にいったからよ」




「誰ですか、その男は」
趙雲は二人の男の間に入り尋ねる。男達は趙雲に尋ねられた事に驚き一歩下がり頭を下げた。


「…………」



男の名は聞いたことがある。
最近一軍を率いることになった男だ。
趙雲は男たちに礼をいうと馬鉄が居ると思われる男の部屋へと向かった。



「すまない、こちらに馬鉄がいるとお聞きしたのだが」
趙雲がノックすると男は直ぐに扉を開く。

「これは趙将軍。馬鉄くんならさっき湯浴みに行きましたが」
何かありましたか?と尋ねる男の声は趙雲には届いてはいなかった。

少し乱れた髪に衣服。そして風呂に行った馬鉄。

これが何を意味するか深く考えずともわかるというものだ。
趙雲は殴りたい衝動を押さえ、男に礼を言うと馬鉄が居る場所へと向かった。
その足取りは普段とは違いどこかしら重々しいもので、すれ違った将兵らは皆首を傾げた。






「……」
こんな昼から湯浴みをする者は少ない。脱衣場には一人分の衣服しかなかった。
丁度通りかかった兵に、この先に誰も通さないでほしいと頼み金を渡す。そして廊下と脱衣場を繋ぐ扉をしめた。


これで邪魔をする者はいない。

馬鉄と己を遮る最後の戸に趙雲は手をかけゆっくり開く。

すると丁度馬鉄が湯からあがったところであった。
馬超達の一族は皆肌が白く湯に使った後は他の人以上に桃色を帯びる。

浮かない顔をし下を向いていた馬鉄は顔を上げ趙雲の存在に気づいた。

「っ……子龍」
「――――!」

馬鉄の声が聞こえる前に趙雲は自分の中で何かが弾けた音が聞こえた。それは理性と云う名の糸が切れた音だということを本人も後に気づいただろう。

原因は馬鉄の首周辺に咲き乱れた花弁。



「……」
趙雲は温泉から出て行こうとする馬鉄の腕を無言で掴む。
無論馬鉄は抵抗するが趙雲の手が外れることはない。


「っ何だっ!離せよ!!」
「……」
馬鉄の声など聞こえない振りをし、趙雲は周りを見渡した。
そして丁度いい物をみつけ、馬鉄の手を掴んだまま少し移動する。

手にしたのは一本の革紐。恐らく木々を繋いでいた物だろう。趙雲は革紐を口にくわえ、器用に馬鉄の両手を後ろに回す。そして拾った革紐で手首を強く縛った。

「っ…何すんだよ!」
「何…って、此処はお風呂ですよ?洗うに決まってるでしょ。前にも一度洗ってあげたじゃないですか。」
そう言って温泉の中に馬鉄を突き落とす。大きな水しぶきが趙雲の衣服を濡らした。



そんなことは気にせずに自身も湯の中に入る。

「何考えてるんだよっ……頭おかしいんじゃないか?!」
「えぇ。おかしいのは自分でもわかってますよ。」
彼をみる度に怒りがこみ上げてくる。…こんな感情になるのはいつ以来だろうか。

「でも一番おかしいのは貴方でしょう?」

以前他の男に犯された時は、不本意的なものだった。
しかし今回は

「……なんです、その痕は?」

自分の意志で他の男に抱かれたのだ。それを許せるはずが無い。
「っ…子龍には関係ないだろっ。お前に振り回されるのはもう疲れたんだ!」
「振り回される?」
趙雲は馬鉄の膝を掴み左右に開く。力が入ってたため馬鉄は小さく声を漏らした。

「………俺は…兄貴じゃない…。」

「………」




「子龍を好きになればなる程、段々惨めになっていくんだっ。その目に映ってるのは俺じゃなくて兄貴なんだろっ!!」






もう嫌だ……。
そう呟き馬鉄は涙を一筋零す。



「なら、私を嫌いになればいい」


馬鉄が自分の中で抱えている不安を、はっきり口にしてくれるのを待っていた。
そして、それは間違っている…と教えたかったのだがそれを言えるほど今の心境は穏やかでは無い。
趙雲に冷たい視線を向けられた、馬鉄はまるで捨てられた犬の様な表情をしていた。


「何故そんな顔をするのですか」
上手く笑えない。
普段なら誰にでも笑顔を向けられるのに。

当たり前の事だ。
今この状況で笑える筈なんかない。

人は楽しいから笑う
嬉しいから笑う。
傷付いて、哀しくて、辛いときに笑えるわけがない。


「…………」
趙雲は馬鉄を手を拘束した革紐を外し立ち上がる。
水が滴り張っている湯の上に零れ落ちた。




「鉄のことあまり虐めると、取り返しのつかないことになりますよ?」



流石ずっと一緒に居ただけある。馬休はわかっていたのだ



こうなることを。








馬鉄を一人残し、趙雲は温泉から出る。そして見張らせていた兵士に再び金を渡した。

「何か聞いたとしても黙っていてくれ」
「……は…はい」
あれだけ叫んだのだ、聞こえてない方がおかしい。

「……あの趙将軍、お召し物が…」
「いいんだ。……乾いていると色々不都合があってね」


叔戒が居る場所が温泉でなければ、おそらく隠せなかっただろう。
外側ではなく、内側から溢れ出してしまった物を…。


「………っ子龍!!」
少し歩くと背後から己を呼ぶ声が聞こえたが、趙雲はそれを無視し歩き続けた。
次第に近くなる足音。
そして、衣の袖が“彼”によって掴まれる。


「離して下さい。…もう貴方には何も言うことはありません」



「…………ごめん…なさい」
「――――?!」

袖を掴む震えた手。
今にも消えそうな儚い声。


「もう…あんな事絶対にしないから」


「先ほど「もう嫌だ」と言ったじゃないですか…私は貴「っ……それはもうどうでもいい!!」


「鉄は兄上と明らかに違うところが沢山あります」




「鉄はよく考えずにその時の感情で行動するので扱い辛くないですか?」





わかっている。

馬超ではこんなことは絶対に言わないししない。
感情的になりやすい叔戒だからこそ

「何故謝るのですか…」
「だってさっき……子龍泣いてた……。俺が子龍を傷付けたせいで……」

私は彼を好きになったのだ。
馬鹿で素直ではない様で素直な彼を……。


「………私も甘いですね」

趙雲はため息をつき馬鉄と向き合う。
馬鉄の表情は先ほどまで温泉に浸かっていたというのとはまた別の理由で赤くなっていた。





「もう一度だけ言いますよ。」

私は叔戒が好きです。
馬超の代わりではなく貴方自身をお慕いします。


二度目の告白。


「信じてもらえますか?」



私も悪いのだ…



―――鉄を不安にさせてるのではないですか?


馬岱に指摘されたとおり、叔戒を不安にさせてたのは確実に私のせいである。彼の性格を掴みきれなかった部分もあった。

叔戒から言ってくれるのを待つのではなく、気づいていたなら自分から聞けばよかったというのに。



趙雲は大粒の涙をこぼしながら縦に首を動かす馬鉄を見て静かに笑んだ。







・・・・・・





「鉄…大丈夫??足フラフラだけど」
「…………大丈夫じゃ…ない。」

壁伝いに歩いている馬鉄の後ろで、馬休は苦笑いをしながら心配そうに彼を見ていた。

「鍛錬サボった分全メニューを10倍にするって酷くないか?…逆に体壊すっての……」
「自業自得。理由はどうであってもサボリは駄目だよ。」
「…休も俺の味方してくれないのかよ。」
そう言うと馬休はふと何かを考え始めたのか立ち止まった。


「…全メニューを10倍ってことは…。昨晩最低30回?」

これは鉄が凄いと云うべきか、趙雲さんが凄いとと云うべきか。


「なっ何言ってるんだよ!!」
とんでも無いことをブツブツと呟き始めた馬休に馬鉄は顔を真っ赤にして叫んだ。

「何って、それもメニューの一つなんだろ?」
「今日趙雲の機嫌がやたらといいのはそういうことだったのか」
後ろから声がしたと思い振り向くと長兄と従兄弟が目を細めさせながら歩いていた。
明らかに軽蔑の眼差しである。

「…鉄、軽率な行動は慎め。いい加減そういうのは判断出来る年にはなっただろう」
「あちこちで鉄の噂が飛び交ってるからね。まぁ暫くは趙雲の傍に居ないとまた怒らせることになるんじゃないかな?」
噂…というのは、連日他の男と体を重ねたことだとすぐにわかった。…が

「子龍を怒らせるってどういうことだ?」
「背後には気をつけろってこと。休、こんなのと一緒にいないで一緒に鍛錬しないか?」
「あ、そうしようかな。じゃあ鉄お大事にね」
「おっ…おい…」
馬休はそう言って少し先へ進んでいった馬超と馬岱の許へと走る。


廊下に一人残された馬鉄は行き場のない手を伸ばしたまま立ち尽くす。
すると再び背後から声がした。今度は見知らぬ男たちだ。


「………おっ、あそこに馬鉄がいるぜ」
「一人ってことはまだ“募集中”ってことか」
男たちの話が今一つわからず、馬鉄は目の前に立った二人を見た。

「なっ…なんだよ……」
「いやぁ、まだ今日の相手が決まってないなら……」
さすがの馬鉄でもその後に続くことばに気づき首を横に振る。
しかしそれで「そうか…」と諦めるような男でもなさそうだ。思った通り男たちは「いいじゃないか」と馬鉄の手首を壁に押さえつけた。

「っ…駄目だって言ってるだろ。――――っ!!」


男たちの後ろに、幾度か見たことのある黒いオーラを纏った笑顔が見え馬鉄は息をのむ。

馬岱の言葉の意味がわかってしまった。

「…今日やるべきことは全て終えたハズなのですが、もう一つ増えてしまいましたね。」

この状況は、正に馬岱の忠告そのものだ。
しかし…

「っ子龍が朝まで止めなかったせいでこうなってんだろ!!早く助けろよ!」

と言ったものの、男たちは趙雲が何もしなくても頭を下げ居なくなってしまう。
手を離された馬鉄はその場でへたり込んでしまった。


「……立てない」
「………」
馬鉄は趙雲に手を伸ばす。…が、趙雲はそれを掴まずただ馬鉄を見ていた。
手をつかんでくれない事に気づいた馬鉄は諦めて自力で立ち上がり、趙雲に少し拗ねた表情を向ける。


「…岱曰わく、俺今危ない状況なんだってさ。自分で撒いた種だってわかってる」


だけど今の状況で自分を護りきれる自信は全くない。

「怒るくらいなら、ずっと側にいろよ…」
そしたら子龍が不安になることなんてないし、俺も襲われる心配はなくなる。

「そうですね」
趙雲は馬鉄を軽々しく抱き上げた。それもお姫様抱っこと呼ばれている抱き上げ方。
とりあえず男同士ですることではない。

誰かに見られたら恥ずかしい…と思ったが、馬鉄は素直に趙雲の肩に手を回した。

「……近すぎだって馬鹿。」
「バカで結構ですよ。鍛錬に行く途中でしょう?連れて行ってあげますよ」
「何言ってんだよ。やること一つ増えたんだろ。仕事しろよ」

馬鉄の言葉に趙雲は思わず苦笑いをした。
彼は今の言葉の意味をきちんと理解しているのだろうか?


「じゃあ部屋に行きますよ。貴方が自分で言ったのですから」



静かに頷く馬鉄。

そんな彼を見て趙雲は、喜ばしい事だが、ある意味この先が大変だと思ってしまった。




END

――――――――

過去の絵を題材にした小説です。馬鉄はきっと●姦が好きなのですね(笑)
どう終わっていいかわからず、しどろもどろ。
後日談を書いたらさらにわからなくなってしまいました(+_+)
さて、昨晩馬鉄はどれだけ趙雲に可愛がられたのでしょうか?
馬鉄は当サイト一の淫●青年ですからvV

18歳。性長(自重しろ)はこれからですので、趙雲もちょっとついていけるか不安だったり(笑)


読んでいただきありがとうございましたー。

2009/09/19