趙雲は広間で馬超を見かけると、すぐ彼の許へと向かった。
それに気づいた男は眉間に皺をよせ、箸を持っていない左手を動かし趙雲を追い返そうととする。

無論そうされて退くような男ではないと馬超自身もわかっているだろう。だから彼の次の行動はだいたい見当がつく。

「ため息なんてつかないでください」
「…なら俺に纏わりつくな。」
無理な要求だと趙雲は笑い馬超の隣に腰を下ろす。
そして空になりかけている彼の盃に酒を注いだ。

「そう言えば、今日休が連れていた幼子…趙将の関係者だときいたが」
馬超は昼間に弟が幼い子と一緒にいたことを、ふと思い出し彼に尋ねる。

「安心して下さい。私の子ではありませんよ。」
「俺としては貴公の子だという方が安心するのだがな」

「それは残念でしたね」と趙雲は笑いながら言い、持ってきたつまみを口にする。


「知り合いの夫妻の子です。いつも忙しい方でしてね、たまには二人でゆっくり過ごしてほしいと思い預かったのですが」
「軍師殿の急用が入ったか」

そのとおりです…と趙雲は苦笑いをした。

それでも直ぐに終わる用だったので、趙雲は身近に居る馬鉄に預かって貰おうと思ったのだが…


「全力で拒否されてしまいました。」
その時たまたま通りかかり話を聞いていた馬休が預かってくれた…と趙雲は言う。


「夫妻も子も、今日はとても楽しかったと言ってました。あとで馬休殿にお礼をしなくてはいけないと思っているのですが、彼は何を差し上げたら喜びますか?」
「別に何も渡さなくていい。困ってる時はお互い様だろ。休は元から子が好きだからな。本人も楽しかっただろう」
「馬超殿も年下を相手にするのはとても慣れてますよね」
それは恐らく長子故なのでしょうね…と趙雲が言うと馬超はそうか?と首を軽く傾げる。

「それに較べて叔戒はやはり末っ子…という感じがします。兄二人がこれだけ優しければ甘えん坊になってしまうのは解らなくもないですけど。」
あの断り方…恐らく、小さい子との接し方がわからないと、趙雲は受け止めた。


「まぁ、そう言わないでくれ。鉄が断った理由は大体見当がつく」
馬超はそう言って苦笑いをする。なんとなく…その理由は聞いてはいけないが気がした。

しかし、

「今日の俺は少々酔っているようだ。だから誤解なきよう貴公に言っておく」

馬超は自らそれを口にした。
普段はあまり語らない男だというのに。


「…鉄も“兄”だったんだ」
「だった…」
ということは、更に下が居たが今はもう居ないと言うことだ。


弟が命を落としたのは、父と父の義兄弟の争いに巻き込まれたせいだった。
奇襲を仕掛けたつもりが、逆に村を襲われ、その時に母と共に矢に討たれた。

「鉄はその時母上たちと共にいてな…」
万が一の事があった時家族を護るために村に残れと父は馬鉄に言った。

まだ幼いから足手まといになられても困る。だからそういえば戦に行きたがっていた馬鉄も納得して村に残るだろうという嘘であった。






「…丁度あの子程だったんだ。鉄にとっては初めての弟だったからな。俺や休以上にはりきって面倒を見てたな。」
「…………そう…なのですか」
口にしてないとは言っても、馬鉄に対して酷いことを思ってしまった…と、趙雲は下唇を軽く噛む。


「………もう何年も前の話だ。それなのに引き摺ってる方が悪い。」
だから気にするな…と、馬超は言って盃に入っている酒を一気に飲み干した。

「馬超…殿」

今の言葉はきっと叔戒ではなく

「なんだ?」


己に言い聞かせているのだろう。





「いいえ……」
趙雲は首を横に振り、更に盃に酒を注ごうとしてる馬超から盃を取り上げる。

「それ以上飲んだら、もっと余計な事を言ってしまいますよ」
「例えば?」
「私の事を愛してる…とか」
そういうと馬超は笑いながら「有り得んな」と言った。




・・・・・・




次の日、預かった子供が一人で城にきたそうで、李恢が私の部屋まで彼を連れてきた。

隣で小さく寝息をたて寝ている馬超を起こさぬよう、寝台から静かに降り、衣服と髪を整える。
そして扉を開けると、部屋の中の状況を察したのか申し訳なさそうに李恢は頭を下げた。

「すみません。…この子がどうしても昨日遊んでくれた方ともう一度遊びたいと城門で騒いでたもので」
「謝る必要はないよ。」
そう言って趙雲は少年の前にしゃがみ、頭に軽く触れる。


「父上と母上にちゃんと言ってここに来ましたか?」
趙雲の問いに少年は首を横に振った。思った通りの状況に趙雲は少年の頭を小突く。

「李恢、すまないが宝飾店へ行って子がここに居ることを伝えてくれないか?あと帰りは私が必ず送ると」
「承知しました。では、私はこれで」
頭をさげ李恢は少し早歩きで、その場を去った。

「行きましょうか」
「うんっ。」
趙雲は嬉しそうに返事をした少年の小さな手を握り廊下を歩く。




馬休と馬鉄の部屋の前で足を止めると少年は「ここなの?」と趙雲に問う。それを肯定すると少年の口元がつり上がった。


「鉄!覚悟!!」
「あっ、ダメで……」

叫びと共に少年は部屋の扉を勢いよく蹴り開く。
趙雲は止めようとしたが、間に合わず少年と共に部屋へ飛び込んでしまう。

「!!?」
「子龍っ!?」

嫌な予感は当たった。
当たって欲しくないモノほど当たってしまう。

目に映った二人の姿を見て、状況がわからないのは恐らく少年だけだろう。

「すまない叔か――――「てやぁぁああ!」

少年は趙雲の謝罪を消してしまうほどの声を発しながら、どこから出したのかわからない枝を馬鉄に向かって振り下ろした。




「…甘いな。楼。」
振り下ろされた枝を容易く払い馬鉄は少年の腕を掴む。

「…くそーっ。何でだよぉっ」
少年・朱楼は悔しがり足をばたつかせた。
衣を直し腰紐を結びながら馬休はそんな二人を見て笑う。

「ほら鉄も服なおしなよ、趙雲さんの前で失礼だろ?」
今度は馬休が少年の手を拘束した。

「失礼なのは子龍だろ……。兄貴かと思ってマジびっくりした……」
弟二人の関係を馬超は知らない。知ったところで誰も得をすることなどないから言ってないそうだ。

「……」
「なんだよ……。あっ!!」
「――鉄?!」
沈黙する趙雲を見て慌てて馬鉄は馬休を強く抱きしめた。

「休は絶対だめだからな!!」
「何の話ですか。私はただ状況が良くわからなくて考えていただけですよ」


叔戒は昨日、楼を拒否したはずだ。そして馬超からその理由もきいた。

しかし楼は馬休ではなく、叔戒の名前を呼んだ。



「趙雲さんが居なくなった後、鉄が戻ってきて楼君と一緒に遊んだんです。」

「…………」
ということは、叔戒は既に過去の憂いを断ち切れていたのか?
いや…昨日のあの反応から考えて断ち切れてはないのだろう。しかし乗り越えようと努力をしているのだろう。

「馬休様〜…鉄がいじめる」
「おいっ!なんで俺は呼び捨てで休は様なんだよ!!」


楼は馬休の後ろに回り、べーっと舌をだした。

叔戒と朱楼のやりとりはまるで…

「……本当の兄弟みたいですね。」




「そうですね」
趙雲自身兄弟というものは知らないが、何となくそう思った。
笑いながら答えた馬休は楼に馬鹿にされた馬鉄を落ち着かせようと彼を宥める。

そんな彼もまた兄であった。

「では、私は失礼します。これ以上叔戒に睨まれるのも辛いですし」
ついでにガキも連れていけよ…と言う馬鉄の言葉を無視し趙雲は二人の部屋を出る。




「?」

出てすぐのところで、壁に座り込んで額に手をあて苦虫を噛んだような表情をしている人物と目があった。


「…………兄として二人の関係を注意すべきか?それとも知らぬふりをして黙っているべきだろうか…」


そう呟く男の問いに趙雲はただ笑って

「難しい質問ですね」
と答える。

すると男は深くため息をつき二人の部屋へと歩いて行った。

部屋の様子を見たいと思ったが、部外者は首を突っ込まず後で話を聞くとしよう。

「今日は遅くまで付き合わされそうですね」
飛びっきりのお酒を用意して待ってますか…と呟き趙雲はその場を後にした。



END

・・・・・・・

目撃したのはきっと休×鉄だと思います。

趙雲に兄弟がいるかどうかわからないのですが、彼らをみて少し羨んでいればいいかなぁと。
過去の話は某小説を参考に致しました。


2009/09/14