まっさらな雪の上に足跡をつけるのが、どうしても躊躇われた。踏み出してしまえば楽なのに、その一歩が果てしなく遠い。踏み出そうとして、躊躇って、迷って。俺の朝はいつもここから始まる。

ゴールポストに凭れて、靴紐を結び直す。シュート練習の前にしっかりと締め直すのはもはや癖になっている。目前に広がるのは銀色のみで、当然足跡なんかない。俺がいつも一番だった。あの日から、ずっと。多分、これからも。

足首を慣らすように蹴りあげたボールは滑らかな曲線を描き、小さくネットを揺らしてゴールに入った。昔は強くなりたいとだけ考えていた。身体を慣らす時間すら勿体無いと思っていた。動いていれば身体は温まる。滑るようなへまはしない。ほっとけばいいものを、自信に溢れて高慢になっていた俺を、それでも心配していたのもあの人だった。

深く深呼吸をする。成功の秘訣は落ち着くことだよと諭す声がどこかで聞こえた。低く構える。冷たい空気が渦巻く。あの人しか知らない感覚。知らなかった感覚。それを共有することが、どれだけ嬉しかったか、あの人は知らない。

渾身の力を込めたボールが、ゴールネットを捕らえた。調子は最高なのに、胸を占めるのは圧倒的な哀感。満たされない何かが俺の邪魔をした。もう少しで大切な試合が控えている。こんなことに気をとられている場合ではないのに。焦りは油断を生むと理解しているのに、どうしても切り替えることができないでいた。

冬の夕暮れは早い。すっかりと影を伸ばす位置まで腰を落とした太陽が、今にも沈もうとしている。気が付けば周りには誰も居らず、踏み固められた地面に立っているのは自分だけだった。ゴールラインに転がるボールを持ち上げ、帰り支度に取り掛かる。ちらりと目を向けたベンチには雪が積もったまま。キ、とどこかが軋む音がした。


「……どこにいったんですか、」


きっと明日も、おれは一番乗りだ。







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