吐き気が、する。

湯気を立てて鎮座するたくさんの料理を前に、箸が動かない己など17年生きたなかで見たことがあるだろうか。左手に茶碗、右手に箸を持ったお決まりのスタイルでおれは固まっていた。
嫌というほどその役目を発揮するはずの消化器官はいっせいに機能を止め、胃にたまり続ける物体は確実に嵩を増し胃袋を圧迫していた。これからその天寿をまっとうするはずの料理達は熱を奪われ寂しく身を寄せている。どうしようもなかった。

「今」

なんて、いったんだ。
喉に引っかかって転げ落ちた言葉はエースに伝わっただろうか。きっと認めたくないほどに情けなく震えていたに違いない。そんな言葉でもきっとエースはわかっているだろう。おれとエースは兄弟だから。悲しいほどに、兄弟だったから。

「ん、兄ちゃんな、家出ようと思うんだ」

なんで、とか、どうして、とか、そんな言葉が浮かんでは霧散していく。数多のそれらのなかにエースの望む言葉は残念なことに見つけることができなかった。よどみなくエースは目の前に並ぶ料理に箸を運ぶ。早いペースで消えていく料理をぼんやりと映して、ごねる脳内の理解を促し続けていた。

「おれもお前も、十分成長しただろう、いい加減自立できなきゃ、将来やっていけなくなる」
「おれは社宅借りれるからそっちに移る。お前はこのまま家使っていいぞ」
「なあに、少し寂しくなるだけだ、すぐに慣れる」

エースの大きな口が咀嚼の合間にぽつりぽつりと話を続ける。会話のキャッチボールを重視するエースにしては珍しく、淡々と投げつけるようなそれをうまく受け止め返球することができない。とりつくしまがないとはまさにこのことか。まるで壁を相手にしているように、必要なことだけ投げつけたあとに箸をおいた。半分だけ残った料理の皿を見て、泣きたくなった。

「心配すんな、全部おれがやる」

おれの腕よりも一回り太くたくましいそれがこちらに伸びるのを見てうつむいた。これからくる衝撃を予想してのことだったが、いつまでたっても衝撃がこない。そろそろと窺うように視線をあげた先に浮かぶ表情を見て、息を飲んだ。

「ごちそうさま」

ぱんっと手をあわせ手早く食器を下げて、なにも言わずにエースはリビングを出ていった。残ったのは冷めた料理が半分乗っかった皿とそれに手をだせないおれ。気持ち悪さは持続している。吐き出したくても吐き出せない、感情が火にかかったようにぐずぐずと渦巻いている。だって、あんな、

「…ばかやろう」

泣きそうな顔されたら、なにも言えないじゃないか。おれの気持ちは、いやだ、勝手に決めんな、行くなよ、離れたくない、エース。噛み砕かれた言葉達が喉を降りて消化不良を起こしている胃袋にたまっていく。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。吐き出したいとえずくおれがエースの視界に入ることは、これから先きっとない。悲しいことに、それだけがいま理解できる真実だった。




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