「あとはこれだけか?」
「うん、それをつめて閉じれば終わり、ありがとうね晴矢」

簡素な礼にああ、とだけ返して殺風景に退化する部屋に置かれた段ボール箱の蓋をガムテープで閉じた。何回も繰り返した行為もこれで終わりだと思うとなんだか呆気ない。残ったのは3分の2程に減ったガムテープと四つの段ボールと俺たち二人、そしてヒロトの肩から下がる使い古されたエナメルバッグ。十数年という思い出はたったこれだけに換算されてしまった。

「ずいぶん少ねぇんだな」
「もともとあんまり無かったしね、足りないものはあっちで買い揃えるよ」

よっというかけ声とともにヒロトが段ボールを二つ重ねて持ち上げる。それに倣い二つ重ね勢いよく持ち上げると、酷く軽くて拍子抜けしてしまった。力を入れすぎてよろめいた俺を苦笑しながら大丈夫?と聞いてくるヒロトは、しかしそれだけだった。最後にカーテンを閉めるとさっさと踵を返して扉に向かってしまう。

振り返る部屋の中は全ての思い出がかき出されてがらんとしていた。俺達の過ごすお日さま園はもともと自分達の部屋というものがない。誰かが出るときは同時に誰かが入るときで、ベッドと勉強机を残した他の全てのものを片付けなければいけない。それを悲しいことだと嘆いたのは随分と昔のこと、しょうがないと諦めたのは最近のこと。

(なんも、ない)

ヒロトにやりたいことを見つけたと嬉しそうに報告されてから一年がたっていた。小中高と一緒に過ごしたこの場所を飛び出して、少し遠くにいくらしい。俺の夢を叶えられる大学はここから通えないからと申し訳なさそうな、ばつが悪そうな顔をして笑って引っ越しの旨を伝えたヒロトを、皆は揃って祝福していた。昔から人より一歩引いたところにいて見守ることが多かった。あの辛くも充実していた日々を過ごして少しは変わったが、やはりあまり主張をしなかったヒロトが初めて自分から言い出した夢を、否定する者はいなかった。

日焼けした壁と白いままの壁、ぺしゃんこに潰された部分とふわふわの部分が奇妙に同居するカーペット、画鋲の刺さっていた跡。
慎ましやかに遺されたヒロトの生活は数週間もすれば新たな生活に塗り替えられるのだろう。一年もすれば完全な他人の部屋となるこの空間を、ヒロトはとうとう一度も振り返らず出ていってしまった。未練たらしく動けずにいる俺に目もくれずヒロトの足はもう新たな一歩を踏み出している。その後ろ姿を眺めながら足踏みをする自分がとても滑稽に思えた。いっそこまま、逃げてしまいたいくらいに。二つの段ボールをもって、ヒロトの横を走り抜けて。場所はどこがいいだろうか。誰も知らない場所にしようか。でもそうすればヒロトは探さないかもしれない。軽い段ボールの中は替えがきくものばかりかもしれない。それでもいいかもなんて考える自分に心底馬鹿だと吐き捨てて、緩く首を振った。

「晴矢ぁ、もうトラックくるよ」
「悪い、今いく!」

ここから出れば、いよいよこの部屋はからっぽになる。鮮明に思い出される笑い声も、ちょっと拗ねたような表情も、心地よい体温も何一つ置いていくことも出来ずに、酷く軽い段ボールを抱え直して足を踏み出す。今日でヒロトはお日さま園を出ていく。残された俺もいつかはその時がくるのだろうか。からっぽの部屋にはカーテンの隙間から漏れた陽射しで溢れていた。









0818/企画「Just call my name...」様に提出
img/ライオン song by 天野月子

ありがとうございました。


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