いくら昼間が暖かくなったからといっても4月の夜は寒い。部屋着に一枚だけ重ねたパーカーは簡単に冷たい空気を通し、中途半端に暖かさになれた身体を容赦なく滑る。かろうじて熱を残す腕を擦って、握りしめた携帯を再び開いた。淡く灯るディスプレイに表示されている時刻は指定された時間をとうに過ぎている。しかしいくら待てども呼び出した本人は現れないどころか連絡すら寄越さない。3時間前から動かない受信ボックスを眺めて乱暴に携帯を閉じた。 「待った?」 いよいよ帰ろうかと腰を持ち上げたところで頭上からなんとも悪びれない声が降ってくる。瞬間的に罵倒が腹の中を占めたが寒さにやられた口は思う通りに動くはずもなく、情けなく息が漏れた。 「おっせーんだよ」 「ごめんね、父さんが」 俺たちの間で"父さん"の話はタブーだ。多分これから始まる些か穴だらけの計画についての相談で捕まっていたのだろう、事情を説明するヒロトの声は尻窄みになっていってやがて沈黙がおりた。なんだかんだで一番気に入られていて信用されているのはこいつだ。認めたくない事実を静寂に肯定されている気がして、場違いな調子で声を張り上げた。 「で?こんな寒ぃ所に待たせてといてなんでもありませんとか言わないよな」 「まさか。こっち」 そういうとヒロトは撫で付けられた髪を翻して来た道を引き返す。自然な流れで掴まれた手は予想以上に体温を感じさせず身震いをした。俺の手が冷たいのか、それとも。 「ここ」 ついたのはなんてことのない、どこにでもあるような公園だった。古びて錆び付いたブランコや色褪せた滑り台が取り残されたように鎮座している。ぐるりと見回して手を引かれるままブランコに腰かけた。 「君に見せたかったんだ、晴矢」 「‥おれはもう晴矢じゃねえ」 「今だけは、許して」 ヒロトの視線が宙に投げだされる。それに倣って見上げれば、ロマンティックと形容するにあたいする光景が広がっていて、乾いた笑いが漏れた。名前と過去を引き換えに手にしたものが、これだというのか。もう夜に思いを馳せる子供は死んでしまったと言うのに。 繋いだ手が、冷たい。 「ごめんね」 それは何に対しての謝罪なのか。そっと握り返した手のひらに返事が返ってくることは、きっとない。 -- 真夜中の邂逅 |