幼い頃から聡明で大人びた兄に憧れていた。同じ顔、同じ声、同じ身長、同じに囲まれたぼくらの相違点は互いの性格だった。何時だって冷静で落ち着いた兄と、後先考えずに行動するぼく。思い立ったらすぐ行動だからもちろん失敗も多く、その失敗の尻拭いはいつも兄がしてくれた。いきすぎた行動はたしなめ、しかしサポートにまわってくれる兄。いつからだろうか、憧れが変容したのは。先走るぼくを引き留めるように握ってくる手だとか、たまに見せてくれる心からの笑みだとか、幼く見える寝顔だとか。それらが、ぼくの胸を締め付けるようになったのは。決して愛されなかったわけではない。むしろ、兄はぼくを酷く溺愛していたように思える。しかし人間は貪欲で、与えられる愛には早々に飢えていった。もっともっともっともっともっともっと。ぼくを見てよ、ノボリ。行き場のない衝動は捻じ曲がり、不愉快な音を立ててぼくの中をめぐり続けた。そうだ、足りないのならば、愛をもらえばいい。それからのぼくはひたすらにノボリを求めた。あれができないこれができない、言えばノボリは何でもしてくれた。仕方のない子ですね、といいながらもノボリは笑いかけてくれる。それが嬉しくて、でも物足りなくて。これが愛で、家族のそれを越えたものだと気づくのにはそうかからなかった。そして、認めてしまえば後は堕ちるだけだ。
ノボリに頼りながら、ぼくはノボリのできないことを率先してやった。完璧なノボリは唯一コミュニケーションが苦手だった。ぼくはコミュニケーションだけは得意だった。常につり上がり、場合によっては下がりすぎない程度に上下する口角は便利だった。ノボリの伝えたいこと、感情、一般人には読み取れないことを、引き結ばれた口角や些細な表情の変化からすくいとり伝えることに努めた。押し付けないように、自然に。ノボリが無意識にぼくを通じてコミュニケーションをとろうとするように、じわりじわりと。結果は成功だった。今やノボリはぼくを通さなければ自分を出せない。決められた台詞を越えた言葉を発することができない。ぼくは嬉しかった。ノボリがぼくを必要としている。ぼくがいないと生きていけなくなっている。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。これで僕らは離れなくてすむんだと喜んでいた。なのに、なのに。

ビリッビリッと乾いた音が響く。主を亡くした部屋に遺された一枚の紙を破る音。世間的には遺言とも言えるような紙に、ぼくは一欠片の価値も見いだせなかった。紙はすぐに細々としたごみへとかわる。手のひら分に換算された彼の最期を、躊躇いもなく床へと落とした。風もないはずなのに、舞い散るように広がり床を白く染め上げる。傍らには最愛の人の冷えた身体。置かれた底冷えするような銀色の刃。それを握りしめたぼくの手のひらはひたすらに熱い。

「冗談はよしてよ」

返事はない。当然だ。息づいているのはもうぼくだけなのだから!
右手を握り締めて、振り上げて、それから、それから。

「勝手にいくなんて許さない!」





∇ひとつになんてなってやらない








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