今節の”青獅子の学級”に課題は、英雄の遺産を盗んだ盗賊マイクランの討伐だった。普通なら学生の課題には付き添わないが、敵が英雄の遺産を持っていることを鑑みて、万が一があってはならないとギルベルト殿と共に赴いた。

 冷たく動かなくなったマイクランの遺体と、手に握られた破裂の槍を見下ろす。先ほどまで黒い何かに包まれ、大きな獣へと変貌したマイクランにトドメを刺したのはシルヴァンだった。とりあえず破裂の槍は回収し、万が一にも先ほどの暴走が無いように丁寧に布で包む。遺体と残った盗賊たちの身柄はセイロス騎士団に任せることとなっている。
 ゴーティエ家の嫡子としての責任と、盗賊に身をやつしたとはいえ実の兄を手にかけたシルヴァンに心情を察することはあまりにも難しい。北方のスレンの侵攻を幾度となく防いできたゴーティエ家にとっては、破裂の槍を扱える紋章を持つ者が何よりも重要視されている。紋章の有無を理由に廃嫡されたマイクランも、嫡子とされたシルヴァンも同じ被害者だというのに、世界は無情だ。

 一度だけ、マイクランと言葉を交わしたがある。と言っても、こちらが一方的に要件を伝えただけだったが。




 マイクランとシルヴァン、ゴーティエ家の紋章に関わる兄弟の確執をこの目で見るのは初めてだった。すでに殴られたほほを腫らすシルヴァンと、さらに殴ろうとするマイクランを止めようと思った気持ちが無いわけではなかった。

「マイクラン様、お父君がお呼びです。」

 その言葉を聞くと、舌打ちをし私を睨んで去っていった。小さくなる背中を見送り、残されたシルヴァンのほほに手を伸ばす。ルミナ、と呟く痛みでピクリと震えるシルヴァンが顔を歪める。いつもは頼れる兄貴分でいる彼が、とても小さく見えた。

「…とりあえず冷やしましょう。」
「…なんでいんの。殿下から離れるなんて珍しい。」
「陛下のご命令です。私とて不本意ですよ。」

 手を引いて井戸の方に歩く。敬語は嫌だって言ったじゃん、とシルヴァンが呟く。そう言われてもなぁ、と思う。ディミトリ様の従者として”しっかり”教育してもらった私は敬語も覚え、ディミトリ様以外にも、人前では敬称をつけて呼ぶようになった。その時のディミトリ様とフェリクスの顔は今でも忘れられない。イングリットもシルヴァンも、敬語を使うようになった私を残念そうにしていた。

「敬語も敬称も、私の立場を考えると当たり前のことでしょう。」
「…今だけで良いからさ。」
「…とにかく冷やして。そのままじゃ家に戻れない。」

 今の彼の機嫌を損ねるのはよくないと思い、敬語をやめる。
 井戸に着き、桶で汲んだ水で濡らした布を当てる。シルヴァンが自分で布を支えたのを確認して手を離す。

「君に何かあったら辺境伯に顔向けできない。」
「…それは、俺に紋章があるから?」
 薄く笑い、お前もなのかと、諦観と失望の眼差しで私を見た。
 その目が、とても不愉快だった。

「───紋章持ちであろうとなかろうと、私はシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエという人間をそのままで見ているよ。君は私たちの、ディミトリ様の良き友であり良き兄貴分だ。…それだけじゃ、駄目なのか。」

 信じられなくてもいい。だけど、君は君だと、それだけは言いたかった。
 おーい、と遠くで呼ばれる。共に来た使者だ、いつの間にかもう帰る時間だったらしい。

「それでは私は帰ります。腫れが引いたらちゃんと家に戻ってください。」

 シルヴァンの顔は見れなかった。







 コナン塔とガルグ=マク大修道院は距離があるので、今夜は小さな村の宿に泊まることとなった。逃した盗賊の報復の可能性も考え、今夜はギルベルト殿と交代で見張りをすることとなった。
 翠雨の節といえど、夜には冷たい風が時折吹く。眠気覚ましには丁度いいなと思いながら、手元の短剣をいじる。ギルベルト殿と交代する時間はまだまだ先だ。どうやって暇をつぶそうか、と考えていると足音が聞こえた。振り向くとシルヴァンがいた。

「よっ、見張りか?」
「ああ。シルヴァンは…眠れないか。」

 まあな、と苦笑した。当然だ。生徒たちにはしっかり睡眠を取るよう言ったが、今日のことを考えると皆なかなか眠れないだろうとは思う。シルヴァンは、特に。そのまま部屋で寝転がっているのも飽きたのだろう、こうして外で突っ立ってる私を見つけたわけだ。暇だし、話し相手になってやるかと考えていると、向こうもそう思ったのか私の隣に寄ってきた。

「昔さぁ、ルミナに俺は俺として見ているって言葉、言われたよな。」
「懐かしいな。6年くらい前だったか。」
「あれさぁ、今でも?」

 すっかり背の高くなったシルヴァンの顔を見上げる。いつもの軽薄な笑顔は消え、不安そうな顔をしていたがあの時のような不愉快な目はしていなかった。

「そう思ってるよ。君はシルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ。今の君はゴーティエ家の嫡子で、紋章を持つ男、だけどディミトリ様と私たちの良き友で良き兄貴分だ。今も昔も変わらないな。」
「相変わらず殿下が中心なんだな。…本当はあの時、とても嬉しかったんだ。言えなかったけど、ずっと、ルミナの言葉が嬉しかったんだよ。」

 震えた声で言ったシルヴァンの顔を見る。どうかこの優しい人間を、彼自身を見てくれる人に出会えますように。どうか最後まで、ディミトリ様の味方でありますように。頭上に輝く星たちにそう祈った。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -