「…は〜〜〜」

 ディミトリから求婚されて一週間が経った。今もなお、返事は出来ていない。お互い仕事が忙しいのもあるが、何も考えられていないというのが現状だ。今日だって仕事でガルグ=マクに来ている。

 戦時中、何度も訪れた大聖堂の長椅子に腰掛ける。もう夜も更けてきて、大聖堂内にいるのは修道士や見回りの兵士くらいだ。ここは明確な閉鎖時間というものがない、おそらく日が跨ぐ時間帯には閉めるのだろうが。まだ数刻は余裕があるだろうと思い、考え事をするのには最適だと思ってやってきた。
 そういえば、戦時中のディミトリはよく、今は消えた瓦礫の前に佇んでいた。特に祈るわけでもなく、身体中から発せられる威圧感にみな怯えていたっけ。そんなディミトリに食事を取らせたり、無理やり寝所に押し込んだこともあったなぁ、と思い出したところで、こんなときでもディミトリのことを考えている自分に少し笑ってしまった。

 本当はどうすればいいのか分かっているのだ。彼を愛している、だから求婚を受け入れればいい。求婚したということは、少なからず私に好意があると思いたいのだが。だけどディミトリから離れた過去の自分が足を止める。どうしようもない後悔の念が、頑なに拒む。私じゃなきゃいけない理由だけが見つからない。

「あら〜、ルミナじゃない。久しぶり〜」
「メルセデス」

 戦争後、各々の道を進み始めたみんなの中で、ガルグ=マクに留まることを決めたのはメルセデスだった。長年の夢だったシスターとなって、悩める人々を助けたいのだという。ならばこの時間帯にメルセデスがいてもおかしくない。

「久しぶり、元気にしてた〜?」
「ああ、メルセデスも元気そうで何よりだ。」

 「隣座るわね〜」と言うので少し位置をずらす。久しぶりに会うのだから、話したいことでもあるのだろうか。

「あのね〜、お節介だったら悪いと思うのだけど、悩み事があるのかしら〜。」
「…分かりやすかった?」
「いいえ、でもこう言ってはなんだけど、この時間帯にルミナが大聖堂内にいるのは珍しいと思ったの〜。あとは勘かしら。」

 大正解だ。学生の頃から思っていたが、メルセデスはよく人を見ていて、その観察眼がみんなを助けることが多かった。
 赤の他人にはとても話せることではないし、何よりメルセデスなら信頼して話せると思った。

「あのさ、聞いてもらえる?」
「ええ、もちろん。」
「…ディミトリに、求婚されたのだけれど。」
「あら〜、ついに言ったのね、ディミトリ。」

 ついに、とは。
 …どっちだ?私の気持ちがバレていたのか?それともディミトリの気持ちが他の人にはバレていた?愕然とした気持ちでメルセデスを見る。

「実は戦争が終わったあと、ディミトリに聞いたのよ〜。ルミナのこと好きなの?って。」
「ええ…知らなかった…。」
「みんな大なり小なり、ディミトリがルミナのこと気にしていたの知ってるんじゃないかしら」
「えっ」

 それが本当なら自分だけ気づかなかった鈍感馬鹿になるのでは???

「それで、いつ結婚するの?」
「いや…まだ返事をしてない…」
「あら、どうして〜?」
「だって、自分が選ばれる理由がない。この先ファーガス国王として生きるディミトリにはもっと相応しい女性がいるはずだ」

 理由を探しても、結局のところ自分に自信がないのだ。けっして高貴な身分ではないし、紋章を持たない家の人間だ、血統に価値が無い。ディミトリの隣にいる自分を想像できない。

「…ルミナは、ディミトリのこと好き?」

 …ああ、好きだ、愛している。ディミトリを守るためにこの身は存在するといってもいい。彼の幸せのためならなんだってしてあげたい。

「断る理由はたくさんあっても、好きだ、って気持ちだけで受け入れる理由になると、私は思うわ」
「…うん」
「ディミトリはルミナが好きだから告白したの、ならルミナも好きだという気持ちだけで十分だと思うわ〜」

 メルセデスの言葉は、すっと自分のなかに入った。まだ自分の気持ちに完全に整理がついたわけではないけども、それでいいのだと、受け入れている。

「好きという気持ちは、とても大切よ」
「…うん、ありがとうメルセデス。一晩しっかり考える」

 なんだかディミトリに会いたくなった。きっとその気持ちが、私の答えなのかもしれない。
 ありがとう、と改めてメルセデスに礼を言って大聖堂をあとにする。与えられた客間に戻る足取りは、確かに軽くなっていた。




***


 起きてすぐ、早馬に乗ってフェルディアに急ぐ。ベレス殿やメルセデスに挨拶が出来なかったが、後日にさせてもらおう。途中から雪が降り出して、剥き出しの顔や耳が風を切る冷たさに晒されていく。でもそんなこと気にしなかった。早く帰りたい、その一心だけだった。

 王城に付き、王国兵に馬を任せる。太陽が徐々に真上に昇り、フェルディアに積もった雪の表面に陽光が反射し、煌めいている。ディミトリは今頃執務室だろうか、早足で向かう。息を切らしたまま見えてきた執務室の扉をノックもせずに開ける。

「ディミトリ」
「…!驚いた、戻ったのかルミナ」

 荒い呼吸をみかねたディミトリがこちらに歩いてくるのを、俯いた視界で捉えた。半ば衝動的だったこともあり、いざ本人を目の前にするとなかなか切り出せない。それでも、と息を整えるのと気持ちを落ち着かせるために大きく呼吸をする。顔を上げると心配そうな顔をしていた。好きだと思った。

「ディミトリ、聞いてくれるか」
「…?ああ」
「君が好きだ」

 声に出すのは驚くほど簡単だった。あれだけ悩んでいたのが嘘みたいだ。

「私はそこまで高い血筋ではない、紋章もない。王としてのディミトリが選ぶ相手にしてはメリットが無さすぎる」
「それでも、君の安寧を護りたい。君の心を護りたい。…隣で、共に笑い合いたい。共に生きていきたい。ディミトリが、好きなんだ。」

 言いたいことはまだあるけれど、段々ディミトリの顔が見れなくなり、また俯いてしまう。先程からなにも反応が無いディミトリが恐い。

「…以上だ」

 空気に耐えきれず、踵を返して部屋から出て行こうとした。
 だけど、背後から強い力で抱き止められてしまった。

「ルミナ」
「…」
「お前が好きだ。ずっと昔から、今までも、これからも。どうか…どうか共に、俺と生きてくれ」
「…うん」

 視界がぼやけ、涙が零れ落ちた。これが幸せというのだろう、胸の中心がぼんやりと熱くなるのを感じる。少し痛みを感じる腕の中で、共に歩む未来への希望を思い馳せた。
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