「俺と手合わせしろ。」

 入学して早々に、フェリクスは私を訓練所に引っ張ってきた。ロドリグ様からの手紙の様子からして、いずれ手合わせを申し込まれるのは覚悟していたが、まさか訓練所が使えるようになってから2.3日で来るとは思っていなかった。昔から手合わせを渋ると文句を言っていたのを思い出す。これは断れないなぁと諦め、訓練用の剣を持つ。

「ルールは?」
「剣を落としたら負けだ。まずは1本」
「分かった」

 まずはってことは何本もやるのかと、少し憂鬱になる。急ぎの仕事がなくて良かった。

 剣を構えて向かい合う。最後に手合わせしたのは6年ほど前だっただろうか。記憶の中からフェリクスの動きや癖を思い出す。どれだけ強くなったのか、ロドリグ様が手紙に書いていた強さへの執着は、彼をどれくらい変えたのか。

 はじめに動いたのはフェリクスだった。踏み込みから繰り出される流れるような斬撃を、なるべく少ない動きでいなしていく。背丈も力も成長した今では、昔の記憶と違い、踏み込みも振り下ろす力強さも全然違う。こちらもすぐに適応しなければ、あっさり負けてしまうだろう。いなした反動のまま腕をかちあげて隙を作る。空いた胴に剣を薙ぐも、すぐさま防がれる。
 速い、それが数度打ち合った率直な感想だ。最後の手合わせの記憶から、力や技が成長してるのはもちろんだが、一挙一動が速い。ディミトリやシルヴァンに比べるといささか体格が劣っていたとしても、速さがカバーしている。士官学校で1年、実戦と鍛錬を繰り返せばフェリクスは確実に強くなる。

「そこだっ!」
「…!」

 カランと後方で剣が地面に落ちた音がした。一瞬の気の緩みを見抜かれ、払われた剣が手から抜けた。剣を落としたので私の負けだ。ここが戦場ならまだ勝てる余地はあるが、決めたルールに従う。

「さすがに強いな、フェリクス。……どうかした?」
「いや…、お前そんなに弱かったか?昔はもっと強かった覚えがあるぞ。」
「昔といっても5.6年も前だし、君が強くなったんだよ。そもそも男女の力の差もあるでしょう。」

 納得したようなしてないような微妙な顔をするフェリクスを横目に、落ちた剣を拾う。弱いと言われたのが存外に悔しいせいか、やる気が出てきた。

 剣を拾えば早速次の手合わせかと思えば、違うらしい。フェリクスは難しい顔をして口を開いた。

「お前に会うことがあれば、聞こうと思っていた。」
「何を」
「なぜ4年前、あいつの元から離れた。」

 息が止まった。いずれ聞かれるだろうが、こんなに早くとは思っていなかった。

「…ロドリグ様からは聞いていないのか。」
「親父殿は何も。ただお前があいつの従者を辞め、ガルグ=マクに行ったとだけ。」

 ロドリグ様には全て話している。フェリクスが知らないということは、ロドリグ様は何も言わなかったのだ。そしてそれはおそらくシルヴァンやイングリット、…ディミトリにも。自分の言葉で話せということなんだろう。

「ダスカーの悲劇の後、私がディミトリを庇って大怪我をしたのは知っているな。」
「ああ、生死を彷徨ったとも。」
「まず従者を辞めたのはその怪我が原因。当時は日常生活はともかく、剣を取り戦うことは二度と出来ないと言われた。」

 その宣告は私にとって致命的だった。ディミトリを守るための私の存在が、このまま何も守れず終わっていくのだと。
 だが、そのときガルグ=マクに凄腕の医療者がいるという噂があった。

「ディミトリから離れたのは治療のため。少しでも治る可能性を求めてガルグ=マクに来た。結果、完治とまではいかなかったけどこうして剣を振るっている。…治ってもファーガスに戻らなかったのは、そうだな…逃げ、だろうな。」

 戻ったところで、私の居場所がないことは理解していた。いや、多分居場所はあったし作れただろう。けどディミトリの従者の立場はすでに、彼が選んで守ったダスカーの少年、ドゥドゥーがいる。私の役目は終わったのだと、勝手に諦めて逃げた。

「…ん、まあそれが理由かな。改めて説明すると恥ずかしいな。」
「…事情も理由も分かった。だが、それでもお前が側に居たなら、と思わざるを得ん。」
「…珍しい、フェリクスがたらればを言うなんて。」
「あいつは、ディミトリは…もう俺の知るディミトリではない。」
「…どういう、」

 これ以上話すつもりはないと言わんばかりの目つきをされた。意味が気になるが、本当に話す気がないのだろう。「構えろ」と再び手合わせを促された。
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