ネタの軍師主

 この世に神様なんていない。

 神という存在に縋りもしない、恨みもしない、祈りもしない。密偵という仕事に求められるのは己の腕だけだ。神に祈って仕事がうまくいくのなら、誰だって苦労はしない。きっと、レイラだって死ぬことはなかった。祈ったって縋ったって恨んだって、死者が蘇ることなどありはしない。

「祈りというのはこの世に残された人間の拠り所でもある。感情の整理を神という存在に頼ることで折り合いをつける人間もいるでしょう。だから、レイラさんの死を悼みます。祈ります。マシュー、あなたの感情の行き先の折り合いをつけるために」

 一瞬でも救われたような気がした。

 名前さんはいつだって欲しい言葉をくれる。それは俺だけじゃなく、若様にとっても、軍にとっても。それがとても心地よく、とても恐ろしい。俺の心を見透かされるのが恐ろしい。彼女はいつだって正しい。その正しさの前に晒されるのが耐えられない。密偵の仕事柄、人に嫌われることには慣れていても、名前さんに嫌われるのだけは耐えられない。そう考える自分が、何よりも恐ろしかった。



 これが最後の戦いになる、そう言われてなんだかんだここまで来てしまったと、感慨深くなった。密偵としても戦力としても特に秀でたところはないはずなのに。最後の戦場に立つことができるとは思わなかった。

「マシュー、少しいいかな」

 名前さんに呼ばれ近寄ると、手を出して、と言われたので大人しく手を出す。まるで傷薬を渡すような気軽さで渡されたから、一瞬理解ができなかった。

「、名前さん、これって」
「うん、アフアの雫」

 なぜ、としか思えなかった。もっと有用に使える人はたくさんいるだろう。

「別に使っても使わなくても良かったし、使うにしてもタイミングからして遅すぎではあるんだけど…あなたに渡したかったからかな」

 少しはにかんで、好きに使って、と言って向こうへ行ってしまった。なにも言えなかった。手の中の重みが、幻覚ではないことを明確に伝えてくる。嬉しいとも、苦しいとも思わなかった。この重みは名前さんの期待でもない、ただの物体でしかなかった。

 神様がいるのなら、名前さんが良かった。

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