人鬼

「遅いわよ!一体今まで何してたのアンタたちー!!!」

 浜路の靴が信乃の頭にクリーンヒットした。かわいい女の子なんだからもう少しお淑やかになってほしい。だけど元気なようで安心した。

「涼弥も、せっかくお屋敷に来たのにいないんだもの。要に文句言っちゃった」
「なに、もう要様と仲良くなったの?」
「ええ、新しいお洋服や靴も買ってもらえたわ。もうこのセレブ生活も終わるのね…」

 どうやら知らない間に要様にいろんなものを買ってもらっていたらしい。まあ、浜路であれば尾崎の名前にも五狐たちにも怯まなかったんだろうなぁ。「さっさと中に入れ」と莉芳に促され立ち止まっていた信乃たちも動き出す。

「浜路?」
「…あ、ううんなんでもないわ」






『随分と物騒なものを屋敷に入れたものだ』
「は…申し訳ありません」
『里見の手引きと、お前の家族だから赦していることを努忘れるな』
「ありがとうございます、ちかげ様」

 ここは四家の屋敷の一角、観月の家の者が住む区画だ。家の結界、土地の結界を司どる観月の大蛇、ちかげ様に報告をしにきている。

『…いかんな、また言葉がきついとあやねに言われてしまう』
「いえ、ちかげ様の懸念も当然のこと。彼らにはちゃんと言いつけておきます。…あやね様は元気ですか?」
『うむ、ここ最近は調子が良さそうだ。また会ってやってくれ』
「はい。もちろん」

 初めてこの家にきた時は、ちかげ様に殺されかける事態なんてこともあったが、あやね様の話し相手として4年かけて、今の信頼を築いている。どうやら真上と知己であるようだが、真上はほとんど寝ているし、ちかげ様も話そうとはしない。真上が話さないことは話すつもりがないということだ

「では、そろそろ失礼します。あやね様にもよろしくお伝えください」
『うむ』







 ───朝、莉芳の執務室
 珍しく信乃と荘介がいると思えば、玉探しの話をしたらしい。信乃と荘介の持つ玉を除いて、残り六つの玉と六つの人、玉梓の伝説の通りなら八つの玉が揃う。それを探し出すのが信乃と莉芳の「約束」だった。疎外感がないかと言われると嘘になる。私が持つものはなにもなかった。

「そうだ、涼弥。浜路が学校に通いたいそうなので、しばらくここに残るそうです」
「学校かぁ、せっかく帝都にいるんだから学びたいよね」
「信乃、荘介、買い物行くわよ!里見様、二人をお借りしますね!」
「ああ、構わない」

 扉をバンと開けて信乃と荘介の腕を掴んだ浜路はズンズンと先へ進んでいく。私も誘われていたのだけど、仕事があるから断った。その代わりちゃんと埋め合わせをすると約束した。後ろを要様もついていくから、ああ、お財布なんだなと思ってしまった。

「ちょうどいい、涼弥。しばらく玉探しに付き合ってやれ」
「わかった、教会の仕事は?」
「大きい行事も特にない、私一人で十分だ。しばらくは自己判断で動いていい」

 了承の返事をし、溜まっていた書類を受け取る。いくつかの事務確認をし、部屋を後にする。自室に戻り、椅子に座って息を吐く。視界を部屋の隅に向けると、洋風の部屋には似合わない刀掛けと打刀が鎮座している。打刀『薄氷』、大塚山に人知れず祀られていた宝刀らしい。あの事件の時に莉芳が回収していたようで、ここにやってきた時に渡された。いわく、私にしか使えないそうだ。真上も一度だけ反応を示したがそれだけで、眠ったままのことが多い。玉探しを始めるとなると、使う機会が増えそうだなとため息をついて、書類の山に手をつけ始めた。





 ふと外を見ると、もう夜になりかけの夕方だった。集中してやっていたおかげか書類は全て片付いた。ググッとのびをして息を吐く。もう浜路たちも帰ってきてるだろうと思ったが、信乃と荘介は戻ってないっぽい。早速玉探しでもしてるのだろうか。

───大気が震えた。

 なにも知らない人は分からないだろうが、人ならざるものを宿すものなら分かるはずだ。方角は旧市街、どう考えても鬼関連だろう。信乃たちが巻き込まれてないとも言えない。コートと薄氷を持って駆け出した。


 旧市街を駆け抜けながら街ゆく人の話を聞いていると、子供が一人鬼に攫われたとか、犬が置いてかれたとか、どう考えても二人の話だ。川の方へ向かったという情報と、村雨の気を辿る。坊主たちに見つかると面倒なので人通りの少ない道を雑木林を駆ける。
 しばらくして橋の近くに出たが坊主がいる。どうやらすでに一戦交えたようだ。バレないように川縁に降りる。橋の位置と川の流れを考えて、慎重に二人の姿を探す。二人のことだから川に落ちても平気なはずだ。問題はその後、見つからないように戻れるか?

「───いた」

「「信乃!」」

 ん?声が二重になった。声の方を見ると一人、おそらく走ってきたのだろう息を切らした偉丈夫がいた。

「涼弥、小文吾!」
「信乃、無事でよかった。…こちらの人は知り合い?」
「色々会って信乃と知り合ったんだが…とりあえず川から上がれ、そっちの男、あー、兄貴も匿わなけりゃいけないからな。あてがあるからついて来い」
「そうだ、涼弥、荘介が俺を庇って…」
「…怪我は深くない。とりあえず小文吾さんの言う通りにしよう、そこで手当するから」

 着ていたコートを信乃に被せて、四白姿の荘介を抱える。抱えられる重さでよかった。推定犬飼現八を抱えた小文吾さんの後をついていく。謎の毛玉も一緒についてきているけどいいのだろうか、信乃がなにも言わないからいいのか。
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