私はもうすぐ死ぬ。
ぼんやりとした思考でただただそう思った。
空を見れば太陽が上がり、私を、私達を苦しめていた元凶が崩れ去って行く。
「羽月」
名前を呼ばれた気がして、もう殆ど動かす事のできない身体に鞭を打って左を向いた。
そこには、衣装を血や埃まみれにした大好きな人の姿がある。
「…、ごと、う」
最期に一目会えたのは神様からのご褒美なのだろうか。
隊士と隠。
私達はそう会う事も無かったが、ただ一度彼に救われただけで恋に落ちてしまい今の今までこの気持ちをひた隠しに生きてきた。
よく顔も見えないのに、顕になった瞳と眉がぐしゃぐしゃで思わず笑みが漏れてしまった。
「ふふ。ひどい、かお…」
「うるせぇ。元からこんな顔なんだよ」
「だめなんて、言ってない」
言葉を吐くたびに口の端から流れる血は鉄の味が広がって不快だ。
ふと水滴が顔に当たった拍子で瞬きをさせられる。
雨だろうか。
だけど視界はとても明るい。
光を遮るのは後藤の影だけだ。
「…ごとう」
「待ってろ、今助けてやるから」
どうしたのか聞きたくて名前を呼べば震えた声が降ってくる。
感覚は殆ど無いけれど、多分手を握ってくれてる気がした。
冷えてく一方の手が少しだけ体温を戻したから。
「わたしは、いいの」
「良くねぇ」
「…ごとうが居てくれたら、それで、いいよ」
「…っ」
身体を引き起こされ意外にがっしりした後藤の胸の中に収まる。
目や感覚が遠のいた代わりに少しだけ聴覚が良くなったのか、心地のいい後藤の心音が聞こえて思わず笑みを零した。
考えもしなかった。
私が誰かに抱かれて、最期を迎えられるなんて。
しかもその人が後藤だなんて、夢みたいだ。
「ふ、へへ…」
「何笑ってんだよ」
「あったかいね」
温かい。
本当に温かい。
頬に何かが伝ったけどもうどうだっていいや。
私は今とても幸せなのだ。
「ごと、」
「…ん」
「終わったね、ぜんぶ」
「おう、お前らのお陰だ…っ」
「なかないでね」
人を喰う鬼は居なくなった。
これでもう鬼によって涙を流す人はこれから居なくなる。
後藤も危ない事をせずに生きていける。
もう力の入らない身体を死にものぐるいで動かして口元を隠す布を払った。
「…やっと、みれた」
後藤の素顔。
ちょっと気の強そうなさっぱりした顔。
顔のいい人達が集う鬼殺隊で後藤の顔は目立つ事が無いかもしれないけど、私にとっては誰よりかっこよく見える。
冷静に見せかけて全力で突っ込んでくるところとか、何だかんだ言いながら人の面倒を甲斐甲斐しくお世話しちゃうところとか本当に好き。
隊士の遺体を見て悔しそうに唇を噛んでる姿も好き。
本来なら忌むべき散っていく鬼の亡骸を虚しそうな瞳で見送る所が好き。
後藤という人間を作り上げる全てが愛しくて、大好き。
だから私は何も伝えずにいくね。
優しくて、人の言葉に縛られやすい人だから。
「俺を置いてくのかよ」
「、ごめん」
「…俺の気持ち知ってんだろ…っ」
「ねぇ」
頑張れ、私。
これだけは伝えなきゃいけないんだ。
動け、私の口。
「……り、がと…」
「へ…?」
「あり、がと」
貴方が生きていてくれて、嬉しい。
必死に作った最期の笑顔はきっと見れたもんじゃない。
でも伝えたかった。
隠も全力で柱や私達を守ってくれたから。
後藤が怪我していないかすごく心配だったんだ。
もう未練は無いよ。
あ、でも後藤の笑顔が見たかったなぁ。
暗転する視界に身を任せてそんな事を思いながら私は自分の生涯に幕を閉じた。
「…次はちゃんと、俺の気持ち聞いてもらうからな」
大好きだよ、後藤。
次はあなたの下の名前、教えてね。
end.
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