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今日はとても暑い。
じりじりと焼くように熱い地面に私は大きなため息をついた。

昨夜首を切られた鬼は随分と大暴れしたようで、隠しである自分達はその処理を数人で手分けして作業をしている。


「羽月」

「…あれ?冨岡さん?」


ぼんやりとした視界にここにいるはずの無い人物が見えて首を傾げた。
彼は鬼を斬ってすぐ家に帰ったはずだ。

いや、藤の家だったかもしれない。

何にせよ彼がここにいる事はとても嬉しい。
思わず笑みがこぼれたけれど、隠の衣装では何も伝わらないだろう。


「どうかなさいましたか?」

「合わない」

「ん?」

「目線が合っていない。水分を取れ」


淡々とした話し言葉で水筒を差し出してくれる冨岡さんに、だから彼の美しい顔が歪んでいるのかと思った。
思考がまとまらない。

お館様が指定したものだから文句は無いけどこの蝕むような暑さに隠の服は些かしんどいものがある。

ありがとうございます、と水筒を受け取るはずの手は宙を切りそのまま体が傾く。
やばいと思った瞬間、清廉な香りが鼻孔を擽って硬いものに頬を打ち付けた。

だけどその硬いものは地面じゃない。


「お前達も少し涼め」

「…あ、すみませ」

「そこに冷えたスイカと水を置いておいた。各自それを摂取し小休憩後また作業に戻れ」

「わ、」


私以外の隠にテキパキと指示を出すと、それに従おうと動けば手を強く引かれさっきと同じ様に胸板へ頬をくっつける羽目になってしまった。

トクントクンと心臓の音が聞こえていつもなら大慌てなこの状況も受け入れてしまう。


「お前はこっちだ」

「ぅ、」


最早言葉すら喋れなくなったのかと言いたげな視線に思わず視線を伏せれば、支える様に腰に手を回され抱き上げられた。
これは流石に申し訳無いと、半目になっていた瞳を無理矢理見開く。


「ま、待って下さい!流石にこれは!」

「無駄口を叩くな」

「すみません!」


少しだけ不機嫌さを滲ませた冨岡さんにすかさず謝りされるがままになる。
けれどこの心音が聞こえてしまうのではないかと思うとどうしても落ち着かない。

私に触れる皮の硬い手も、体を支えてくれている腕もいつもは儚げな印象なのに男らしさを感じてしまって血流がドクドクと早くなるのを感じる。


「降ろすぞ」

「はい、ありがとうございます…」


優しくゆっくりおろしてくれる冨岡さんに少しでも真っ赤な顔を見られないよう両手で覆う。
やっと少しずつ話してもらえるようになったこの関係を壊したくない。


「顔を見せろ」

「無理です」

「……」

「あの、ほんとに酷い顔してるので…すみません」


尻すぼみになっていく自分の声に無言の圧力を感じて体を縮こまらせた。


「そういう事なら顔は見ない。水を飲め」

「…はい」


確かに喉は乾いている。
冨岡さんが動くのを気配で察してそっと手の力を緩めれば遠ざかって居たと思ったその人が目を伏せたまま水筒を傾けていた。

見ないようにしてくれているのは理解出来たけれど冨岡さんも喉が渇いていたのだろうか。
自分の分の水筒を探そうと視線を彷徨わせていれば、視界に冨岡さんの腕が伸びて来て首筋を引き寄せられた。


「んむ」


約束通り此方を見ていない冨岡さんに唇を奪われ思わず上げてしまいそうになった半開きの口に舌が差し込まれ、次いで水が流れ込んでくる。


「っ、ん…ぁっ」


流れ込んでくる水はなくなったと言うのに、どうしたらいいのか分からなくて彷徨う私の舌を絡め取ったり吸ったりされるせいで変な声が出てしまう。

不意打ち過ぎて何がなんだか分からないけれど、肺に残された空気は次第に無くなり思わず胸を叩いた。


「っ、ぶはっ!冨岡さん、何っ…して…!」


色々な感情と酸欠のせいで涙が浮かんでくるのも無視して途切れ途切れに声を掛ければ律儀にまだ目を閉じている冨岡さんがちんまりと正座をしている。

意味が分からないし、どうしてこんな事をしたのだと思うのにその光景に思わず可愛いと思ってしまった。


「目を開けていいだろうか」

「なんっ、もう…っ」

「羽月の顔が見たい」

「うっ…!」


目を閉じていてもさっきは迷い無く首へ手を伸ばしたというのに、今は私を探すようにさまようその手に胸を抑える。


「羽月」

「…、どうぞ」


強請るような声色に根負けした私はどうにでもなれと半ばやけくそに許可を出せば、深海のような深い藍色の瞳と目が合う。


「まだ顔が赤いな。もっと飲むか」

「自分で飲みます!!」

「…ふ」

「??」


差し出されていた水筒をありがたく頂いて飲もうと視線を外した瞬間声が聞こえた。
急いで冨岡さんを見てもそこにはいつもと変わらない真顔で座っている。


「…何か言いました?」

「いいや」

「え、でも今ふっ…て」


ふるふる顔を横に振る冨岡さんに瞬いてやはり気のせいかと思って水筒を口へ運ぶ。
一口多めに飲んで飲む為に上げていた顎を引くと冨岡さんと目が合って息を呑んだ。

さっきまで真顔で笑っていないと言った彼は穏やかに微笑んでいて。


「…不意打ちは、ほんと、やめて下さい…」

「なんの話だ?」

「さっきの口付けと言い、ズルいです」


折角顔の火照りだって冷めたのに、また熱を持ってしまったじゃないか。
もしかして冨岡さんも同じ気持ちでいてくれていたりするのかな、なんて期待してしまう。


「…俺は、話すのが苦手だ」

「いえ、まぁ…そうだと思います」

「だから、あれで気持ちが伝わればと思った」


呆気に取られる私の頬に触れて、顔を近付けた冨岡さんが額同士をくっつける。
涼やかな顔をしているのに、その体温はとても熱くて。


「、好きだ」


冨岡さんの唇が紡いだ言葉に、また視界が滲む。
嬉しくて、直ぐに返事をしたいのに胸が一杯で声が出ない。

そんな私に冨岡さんは目尻を下げて触れた頬を優しく撫でてくれた。


「私も、好きです」

「あぁ」

「熱くて倒れちゃいそうです」


だから、さっきのもっとして下さい。
そう言えば、口元を持ち上げた冨岡さんにそんな顔も出来るんだなと思いながら目を閉じた。


私達を見てるのは、未だに照らし続ける空の太陽だけ。





end.





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