「実弥君」
「おぉ、よく分かったな」
「うん。実弥君が来るといい香りがするから」
目の見えないお前は布団の上に座りながら俺がいる方向へ振り向いた。
目は開いているがその視界は明るいか暗いかしか分からない程視力を失っている。
近付いてそっと背中を抱き締めれば嬉しそうに方が揺れた。
「どうしたの?疲れた?」
「…そうかもなァ」
「じゃあ私が膝枕してあげる」
おいで、そう言った羽月に無言で膝の上へ頭を乗せると女独特の柔らかさと香りに包まれて安心する。
子守唄なのか、髪を撫でながら歌を歌い始めた羽月は優しく揺れた。
まるで餓鬼の頃母ちゃんにされたような心地になって眠気を誘う。
「…お前は幸せか?」
「どうして?」
何となく口をついて出た言葉に直ぐそこまでやって来ていた睡魔が一気に吹っ飛んだ。
歌う事をやめた羽月が不思議そうに顔を傾ける。
俺は何言ってんだ。
鬼に襲われ目の見えなくなったコイツが幸せな訳がねぇ。
「わりぃ、何でもねェわ。気にすん…」
「幸せですよ、凄く。実弥君がこうして側に居てくれるもの」
今更だが羽月は俺の嫁でも女でもない。
初めてこいつと出会った時、一目惚れした俺が一方的に此処へと連れ込んだだけの関係だ。
たまにこうして膝枕してもらったりはするが、それ以上もそれ以下も無い。
それがどうだ、羽月は俺がどんな面してるかも分からねぇ癖に心底嬉しそうな顔してこっちを見てる。
正確にはこっちを向いてるんだろうが。
「…ご機嫌取りなんざしなくても、追い出したりしねぇよ」
「実弥君はそう思う?」
「俺は仕事上お前の事は基本隠に任せっきりだろォ。助けてはやったが幸せなんてもん感じさせるような事は何一つしちゃいねェ。それに俺の顔だって知らねぇだろ」
「知ってるよ」
「…ア?」
「知ってるよ。私の最後に見た光景は貴方が飛び込んできた所だったから」
寝転んだままの俺の輪郭を確認するように撫でた羽月は美しく微笑んだ。
その微笑みに見惚れて思わず口を閉ざせば、ゆっくりと顔の上の方から細い指が触れる。
「実弥君はとても美男子だったから、笑ってたらもっと素敵なんだろうね」
「…俺が美男子な訳ねぇだろォ」
「どうして?白銀の髪に大きな瞳、傷だらけだけど薄くて優しい言葉を掛けてくれる唇。こんなに素敵なのに。もう少し自信を持った方がいいよ?」
ふふ、と笑い声を上げた羽月はその瞳に俺を映した。
本当に見えているのだろうかと感じる程に、的確に言葉通りに顔の部位き触れながら声を響かせる。
「私、実弥君に助けられて良かったなって思うの。そうじゃなかったら、きっとこの環境に耐えられなくて死んでいたかもしれない」
「ンな事冗談でも言うもんじゃねぇぞォ」
「本当だよ。だって、好きな人が支えてくれるって凄く幸せな事だもん」
「…なっ、おまっ」
「ちゃんといい子で待ってるから、実弥君の事これからもおかえりって出迎えたいな」
目を細めた表情は穏やかなのに、俺の髪を撫でていた手は少しだけ震えている。
思わず上半身を起こして羽月の頬に触れれば急な事に驚いたのか一瞬身を震わせながらも、すぐに甘える様に力を抜いた。
「待っててくれンのか」
「うん、待っていたい」
「なら、俺はお前を必ず守る。幸せにしてやるなんてそんなだいそれた事言えはしねぇが、俺は俺なりにお前を…羽月を大事にする」
「今のままでも充分だよ」
「馬ァ鹿、それじゃ俺が物足んねぇ」
薄くて柔い身体を抱き寄せれば、こっちを見上げた羽月が目を閉じる。
そのまま答えるように口付けてやれば、俺の隊服を握る手に力が入った。
押し離されるわけじゃなく、もっと引っ張るように。
「何だァ、お前も足りなかったのか」
「うん。嫌かな?」
「何言ってんだ、お前なら大歓迎に決まってんだろォ」
「嬉しい」
何処かに行きてぇなら俺が幾らだって手を引いてやる。
景色が見えねぇなら俺が何度だって言葉にして伝えてやる。
暗くて怖いなら、ずっと抱き締めてやる。
俺が、お前の目になって明るい場所に導いてやる。
「俺から離れるんじゃねぇぞ」
「とか言いながら、置いてくのは実弥君じゃないのかな?」
「…そうしたら、お前が俺を見つけてくれ。俺の事、匂いで分かんだろォ?」
「わぁ、これは難しいお願いだね!でも分かった、私頑張る」
俺はいつ羽月を置いていくか分からねェ。
だけど、そう簡単にこの手は離したりするつもりもねェ。
もう一度華奢な身体を閉じ込め羽月の優しい香りを肺一杯に吸い込む。
「実弥君?」
「好きだ」
「ん、ふふ。私も好き」
「…そうかよ」
「照れてるでしょ」
「うるせぇ」
永遠何て綺麗事を言うつもりはねぇが、こいつだけは譲らねぇし渡さねぇ。
こんな俺に安心したように笑みを浮かべる羽月を見て心に強く誓った。
End.
何を書きたかったのかと聞かれれば優しい実弥さんを書きたかったと答えることしかできない()
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