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「縁壱殿、握り飯が出来ましたよ」

「すまない」

「いいえ」


素振りしていた縁壱へ羽月が近寄ると木刀を立て掛け縁側へ二人で座る。
二人は鬼殺隊で出会った。

縁壱の強さに惚れた羽月は彼の側にずっと居付き、本人には違うと否定されるが他人から見れば継子のような立ち位置にまで登り詰めたのだ。


「羽月」

「何でしょう」

「…美味いな」


あまり笑わない縁壱が目を細め羽月を見れば頬が桜色に染まる。
剣士としての強さだけでは無く、縁壱のその優しげな雰囲気に男としても惚れていた。

ふと小鳥が庭先にやってきたのに気付き、二人で其方へ目をやれば穏やかな時間が過ぎていく。


「愛らしい小鳥ですね」

「あぁ」


小鳥を眺める羽月を縁壱は横目で見ながら一つ首を縦に振った。
いつも彼女は縁壱と共に飯を食べない。

元々食が細いのもあるが、はしたないからと言っていたのを思い出す。


「…食事を取るのは夫の後か」


何となしにそう言った縁壱の言葉に照れていた羽月を見たのも記憶に新しく一緒になって何故か赤面した以来、彼も無理に食事を取ろうとは言わなかった。


「縁壱殿」


美しい響きを持った声で名前を呼ばれると縁壱は心穏やかな気持ちになった。
最初こそ自分の下に誰かがつくなど考えもしなかったが、共に生活するようになってからは羽月が側に居て当たり前と受け止めるようになってきて、逆に彼女が居ない事の方が違和感を感じるようになっていた。


「どうした」

「見て下さい、あの子はまだ赤子のようにふわふわしておりますよ」


袖で口元を隠しながら笑う羽月の視線を追って鳥を見れば一際身体が羽毛で膨らんだ一羽の雀が飛び跳ねている。

鬼狩りなど無縁の様なこの時間は、縁壱にとって何にも代えがたいものになった。


「愛らしい雀を見て笑う羽月も愛らしいな」

「…ご、ご冗談を」

「俺が冗談を言えたならどれ程良かったか」


口下手な訳ではないが口数の多い方ではないと自負している縁壱は側に置かれた茶を飲み羽月へ振り返る。
丸々と大きな瞳でこちらを見つめる彼女へそっと手を差し伸べ頬を指先で撫でた。


「縁壱殿、」

「お前に名を呼ばれると心地がいい。もっと呼んでくれないか」


この気持ちが何なのか、縁壱は理解していた。
もう二度と誰かを愛する事など無いと、そう思っていたのに名を呼ばれれば呼ばれる程に心臓が高鳴ってもっとと欲してしまう。

自分が近寄ったり、声を掛けたり、こうして触れたりすると羽月の身体の筋肉が緊張する。
それを知った時、最初こそ怖がられていたのかと思っていたが自分を見る優しい眼差しには見覚えがあった。


「好きだ」

「っ、」

「どうか私にお前を守らせてくれないか」


自分のような者が誰かを守るなど、ずっとそう思ってきたが、羽月だけは他の者に渡したくなかった。
熱を持った頬をもう一度撫でながら様子を見ていれば、黙ったままだった彼女の細く靭やかな指先が縁壱に触れる。


「私も、縁壱殿をお慕いしております」


その言葉を聞いた縁壱は、身体を抱き寄せほんの少し力を込めた。
もう二度と離さないと、必ず守り抜くとそう心の中で誓いながら顔を上げた羽月と視線を交える。


「不束者だが如何か頼む」

「それは私が言う事ですよ」

「そうか、それは悪かった」


嬉しそうに目を細めた羽月に謝罪しながらその薄い唇を重ねた。

少しの間そのままで居れば、優しく胸板を叩いた手に渋々離れればまるで梅の花のように顔を濃い桃色で染めた彼女が息を切らして此方を見ている。


「まだ…足りないな」

「それは鍛錬でしょうか」

「いいや、心の方だ」


近くにあった湯呑みをさっと退かした縁壱に気付いて慌てた羽月が再び顔を近付けるのを両手で抑える。


「縁壱殿っ…!」

「駄目だろうか」

「そっ、そういう訳ではありませんが…その、まだ日も高く…」

「なら襖を閉めればいい」


視線をあちこちに彷徨わせる羽月を抱き上げ部屋の中へ連れていけば、自分の膝の上に乗せる形で畳に座った。


「私が縁壱殿の膝の上に乗るなんて」

「ならば私が羽月の膝の上に乗れば良いのか」

「それはそれで…その、私が潰れてしまいそうです」

「安心していい。お前の上に乗る時はもう少し先に取っておくつもりで居る」


そう言うと羽月の輪郭を片手で掴んだ縁壱は額を合わせながら薄く微笑む。
その言葉を理解せず首を傾げた彼女に触れるだけの口付けをして、今はまだいいと柔らかな髪を優しく撫でた。


「その代わりもっと私の名を呼んでほしい」


羽月の声で名前を呼ばれた縁壱は、一つ返事をしてまた強請るようにもう一度その唇に口付けをした。



END.






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