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※多少の暴力表現、本誌情報あり


「無惨様」

「羽月か」

「遅くなり大変申し訳ありません」


無機質な人形の様に美しい女は羽月と言った。
人であった頃から無惨の側に付いている侍女。

彼女は昔から表情が乏しく、必要な事だけしか話さない。
無惨はそんな羽月を好ましいと感じていた。


「…少しやつれたか」

「鬼である私がやつれる理由など御座いません」

「此方へ来い」


そう言って羽月を手招くと反抗することも無く素早く近くに膝をつく。
顎を掬い上げその顔を見つめると近くにあった試験管を取り自分の口に含む。

そのまま唇を合わせれば薄く開かれた口内へ試験管に入っていたものを流し込んだ。


「…ん、」


全て流し込んだ後に舌で口内を貪れば、小さく身体を揺らす。
羽月は人を喰わぬ鬼だった。
どんなに無惨が命令しようとも、身体をバラバラにしても彼女が首を縦に振る事はなかった。


「手間の掛かる女だ」

「申し訳御座いません」


しかし検査という名の元で人から輸血された血だけは飲んだ。
どれ程無惨が人を殺し喰っても、他の鬼が同じ事をしても何か言うことはない。
あくまで自分はしたくないのだとそう言うだけ。


「何故お前は人を喰いたがらない」

「嫌いだからです」

「…なら殺すのは構わないと言うことか」

「貴方の為ならば」


真っ直ぐぶれない瞳が無惨を射抜く。
人を喰う事以外全てが無惨に忠実だった。

人から鬼になる時も、一片の不安も見せず恐怖も見せず無惨が望むならばと血を受け入れたのだ。


「ぁっ…」

「お前に殺される人間は幸せだ。羽月、お前は美しい」


布団に押し倒された羽月が控え目に声を上げ無惨の服を握る。
どれ程痛かろうが、痛いと言うことは一度としてなかった。

苦痛や快楽なんでもいい、羽月が表情を崩すのを見たかった。

それでも何をしても彼女の表情筋が動く事は一度もない。


己の欲を満たすだけの行為を済ませても羽月は息だけを荒げてすぐに服を着る。


「ありがとう御座います」


ただ一言そう残していつも部屋を後にした。


「つまらん」


次は日に当ててみようかと考えながら服に腕を通していると襖が叩かれる。


「入れ」

「失礼します」

「何の用だ」

「一言言いに」


襖を開けたのはいつにも増して不機嫌さを顕にした珠世だった。
無惨は一切珠世へ振り返る事なく身支度を整え続ける。


「また羽月さんをあの様に抱いて、貴方は何がしたいのです。あの子は回復が人より遅いのですよ」

「先程血は与えた」

「それでもです。あの子を想うならもっと丁寧にっ…!」

「貴様に俺と羽月の何が分かる」


一瞬にして顔を鷲掴んだ無惨は目を赤く光らせ珠世を睨みつける。
物理的にも精神的にも喋れなくなった珠世はそれでも睨む目つきは変えなかった。


「それが用ならさっさと消えろ」

「私はあの子の笑顔を見てます」 

「何だと?」

「貴方にどんな形であれ触れられる事は幸せだと言っていましたよ。用はそれだけです」


そう吐き捨てるように部屋を出ていった珠世を見送りながら無惨は羽月を痛めつけるように抱いた自分の手を見つめる。


「…不愉快だ」


羽月が笑ったところなど一度も見たことの無いのに、珠世は自分に抱かれた後嬉しそうに微笑む彼女を見たと言うのだ。


「お前の全ては私のものだろう」


ぐ、と拳を作って近くにあった鏡台を殴りつける。

その後無惨は羽月を抱く時も優しくなり、すぐに部屋を出ようとする彼女を引き止めた。
共に布団へ入りいつもと変わらない様子の彼女の顔を見つめる。


「あの…お邪魔では」

「何故笑わない」

「笑わない、ですか?」

「珠世の前では微笑んだのだろう。見せろ」


いい加減痺れを切らした無惨が戸惑う羽月にそう告げれば自分の頬に触れた。
ぐい、と物理的に口角を上げて見せるが首を振られ手を退ける。


「申し訳御座いません」

「私に抱かれて嬉しいんだろう」

「はい」

「ならば何故私の前で笑わぬ」


ぐにぐにと頬を弄び始める無惨に心の中で戸惑う。
自分自身珠世には気を許している方だが笑った覚えは微塵もない。

突然優しく抱かれるようになったのはそのせいだと理解はしたが、どんなに手酷く扱われようが喜びは変わらないと言うのに。


「不甲斐無いです」

「何がだ」

「無惨様のご要望に添えぬ自分自身がです」

「………」


頬をいじって居た無惨はその手を止め目を伏せる羽月の長い睫毛を見た。
一見変化は分からないが、その睫毛が小さく揺れているのに気付き行為以外で初めて羽月の身体を抱き寄せる。


「お前の全ては私の物だ」

「勿論でございます」

「ならば今だけ許す」


自分らしくない発言だと心の中で自嘲した無惨はそのまま目を閉じた。







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