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私は冨岡先生が苦手だ。
何を考えているか分からないあの顔、目、態度。

結構モテると噂だけど、何処がいいのか分からない私はクラスの女子が冨岡先生を見て騒ぎ立てるのをどこか他人事に見ていた。

体育の授業中、もうすぐ卒業を控えた私はとりあえず適当にやっておけばいいとぼんやり空を眺める。


「冨岡先生かっこいいよね、羽月」

「うんうん、そうだねー」

「いつも思うけど羽月って冨岡先生の事になると凄く適当だよね」

「興味無いもん」


生徒が先生に憧れるってもの自体分からないし。
そう心の中で付け足しながら、バスケをする男子と女子の声を聞いていた。

この学園とも後1ヶ月ほどでお別れ。
別に何も心に残るようなことは無かった。

キャラは濃い人ばかりだったけれど。


「永恋」

「はい」

「お前のチームの出番だ」

「えっ、すみません」


ぼんやりし過ぎてチーム交代するのを忘れていた私は笛を咥えたまま起用に喋る冨岡先生の言葉に急いで立ち上がる。
凄い視線が突き刺さるけど、竹刀で叩かれなくて良かったと思いながらコートに入った。


「遅いよ羽月ー」

「ごめんごめん」

「絶対勝とうね!」

「頑張らせていただきまーす」


元々バスケ部だった私はチームの願望通り勝ちへと導いたけれど、もう二度と全力でやる事のないバスケになんだか寂しくなった。
私は高校を出たら家を継ぐために別の会社での就職が決まっている。

と言っても子会社だからある意味実家で働くのと代わりはないけれど。

難無く体育の授業も終わり、この後は皆勉強をしたり家に帰っても良いことになっている。


「……つまんない人生」


何となく家に帰ってもやる事のない私はお弁当を持って屋上に上がり、フェンス越しから校庭を眺める。
勿論昼時だから教室の方から話し声は聞こえるけれど、校庭には誰も居ない。

家を継ぎ、どうせ両親が決めた婚約者とそのうち結婚する事になる私は恋愛を禁じられていた。

とは言え誰かに興味を持つこともなかったけれど。


「…いいなぁ、私も普通の恋愛してみたかったな」


クラスの友達は年上の彼氏が居る大学を受けて合格したと喜んでいた。
また別の友達は遠距離恋愛する事になると嘆いていた。

皆年相応に青春というものを楽しんでいて、羨ましいなと今更になって思う。

そう思うから自由登校となった今でも私はここに居るのだけれど、来てみたところで何にも無い。


「何をしている」


フェンスを力一杯握り締めていると、さっきまで授業で聞いていた声が背後から聞こえ振り向くと相変わらず無表情な冨岡先生が私を見ていた。


「思い出に浸っていただけです」

「……思い出?」

「何も無かったなって」


こちらを見つめたまま首を傾げる冨岡先生から視線を外してもう一度校庭を見る。
何にも無い。
あるのはここをこれから卒業するという学校に通っていれば誰もが経験する通過儀礼のみ。

友達と言っても居たら話す程度の子達だし、彼女達にはこれから大学生活というものがある。
私などあっという間に記憶から消えてしまうだろう。

立ったままの冨岡先生をほったらかしにして、食べる準備をしていた場所へ移動する。
ご飯を食べたら学校から帰って何処かに行こう。

そう思いながら冨岡先生が早くこの場から立ち去ってくれるのを待つ。

けれど、私の願いとは裏腹に冨岡先生は側に寄ってきている。


「何でしょうか」

「この学園はお前にとって何も残らないか」

「学園に入学し、卒業したという事実は残りますよ」


どうしてか珍しく饒舌に話す冨岡先生に思わず眉を寄せてしまう。
何故私の目の前に腰を下ろすんだ。


「それだけか」

「何か問題でもありますか?」

「…問題は無い」

「ならいいじゃないですか」


あえて冷たく返して自分が作ったおにぎりを一口頬張る。
ここに通った3年間、母親からお弁当は渡される事なく自分で作り続けた。

そのお陰で料理は上手くなったけど。

やっぱり私にとってこの学園での生活は楽しい思い出など皆無だ。
それでいい。未練なんてあってもどうせ卒業は決まっているのだし。


「俺が嫌だ」

「はい?」

「学園的には問題は無い。だが俺が嫌だ」

「すみません、言っている意味が…」


突然詰め寄った冨岡先生に身体を引きながら答えれば、おにぎりを掴む私の手を捕まえて真っ直ぐ見つめてくる。
あぁ、嫌だ。この真っ直ぐな目。


「永恋」

「何です?」

「卒業したら俺と結婚しよう」

「………は?」


この人は今何て言ったのだろう。
意味が分からなかった私が思わずありのままに声を上げれば冨岡先生は顔色も変えずこちらを見ていた。






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