「伊黒先輩ってミステリアスでかっこいいよね!」
「分かるー!でも冨岡先輩も無口で伊黒先輩とは違う魅力あるよね!」
「私不死川先輩がいいなぁ!あの強面が優しく笑った所見たらもう好きになるから、マジで!」
休み時間、教育実習生の私が受け持つ2年生の生徒達は高校生らしい恋愛の話に盛り上がっている。
たまたま教室でやる事があった私はそんな生徒達の楽しそうな声を聞きながらキーボードを叩く。
(私もそんな時期あったなぁ。懐かしいー!)
まだ私は20歳。
だけど彼氏は居ない。
悲しいかな、夢に猪突猛進して来た私は恋愛よりも学業に専念してしまったのだ。
勿論憧れた先輩だって居た。
あんな人とお付き合いできたらなんて妄想だってした事がある。
「ねぇねぇ羽月先生!」
「んー?」
「羽月先生って彼氏居るの?」
「私?居ないよー」
「えーっ、そうなんだ!羽月先生可愛いのに勿体無いなーい」
突然私に話を振ってきた女の子達に冷静に答えられるのは、しっかりその話題を聞いていたから。
ちらちらこっち見てるからそう来ると思ったよ、やっぱり。
「こんな可愛い子達に褒められて嬉しい、ありがとう」
「うちのクラスの男子だって羽月先生可愛いって言ってたし、自信持ったほうがいいよ!」
「本当?ふふ、じゃあ彼氏作り頑張っちゃおうかなー」
「もし彼氏出来たら教えてね!」
「うん、寧ろ聞いてほしい!」
この年代の子にはこう返せばいいって教授が言ってたけど、本当にこの手を使う時が来るとは思っていなかった私は内心苦笑を浮かべた。
(私に彼氏なんかできるわけ無いよね)
こんな風に返してはいるけれど、内心とっても小心者だし自分に自信などこれっぽっちも持ったことなどない。
彼女達の言葉は嬉しいけど、誰かに告白された事なんて一度も無かったし。
「よし、お仕事完了!」
「羽月先生職員室帰っちゃうのー?」
「うん。まだまだやる事がたくさんあるんだ。教育実習生も楽じゃないよ」
「あはは!じゃあ頑張ってねー!」
「うん、また帰りのHRで!」
女の子達に手を振って、午後の授業が始まる前に教室を出る。
この時間はレポートを纏めて、次の時間は3年生の授業を見学する事になっていたはず。
そう言えばあの子達が噂していた例の三人組のクラスだったような。
「あ、やっぱり」
手帳を開いて今日の日程を確認すれば予想が当たっていた。
どんな子達なんだろう、ちょっと楽しみ。
誰がどこに座っているか、座席表も貰っているしお顔を拝見しちゃおう。
るんるんとスキップしながら職員室で私に与えられた仮の席に座って大学用のレポートを少しだけ進めた。
真剣に取り組んでいれば時間というのは本当にあっという間で、5時限目の授業が終わりのチャイムが鳴り響く。
まだ制作途中のデータを保存してノートパソコンを閉じ、3年生のクラスに向かって歩を進める。
3年生は一番上の階だから職員室から一階上がることになり、三階への階段を登り終えた瞬間目の前に人が出て来てぶつかってしまった。
「きゃっ…!」
「っ、すまない」
後ろがすぐ階段だった私は呆気なく足を踏み外し態勢が後方へ倒れていく。
これやばいんじゃないだろうかと思った瞬間、想像以上の力で腰を引かれ私の視界はいつも通りの位置に戻った。
「大丈夫か」
「えっ!?あっ、はい!」
「おい伊黒ォ!お前それ噂の教育実習生じゃねぇかァ」
私の腰を支えたまま固まる目の前のマスクの少年と、その後ろで白銀の強面イケメンな子と無言でこちらを見つめる美少年が視界に入る。
クラスの子が言っていたのはこの子達だとすぐに分かった。
これは騒がれるに決まってる。
「あ、あの…もう手を離していいよ?助けてくれてありがとう」
「いっ、いや!こちらこそ先生に失礼な態度を…っ」
「ん…?失礼な態度?」
目の前の彼が手を離すと、ちょうどいい距離感が取れてやっときちんと顔が見れた。
名前も呼ばれていたしこの子がミステリアスな伊黒先輩だろう。
何だか顔を真っ赤にした姿が可愛らしくてつい笑いがこみ上げてしまった。
モテてるからナルシスト感あるのかと思ってたけど、後ろの子達を見ても顔が良いただの男子高校生でホッとする。
「ふふ、大丈夫だよ。クラスの子達は友達みたいに話し掛けてくれるし、気にしないで」
「…………」
「おい伊黒。邪魔だぞ」
「何でお前顔真っ赤にしてんだァ…」
「このあとの授業、見学させてもらうからよろしくね」
「よ、よろしく…お願いします」
立ち尽くしたままの三人に手を振って、教室の方へ向かう。
とてもいい子そうで安心した私は胸を撫で下ろしながら、他の生徒の子達にも授業前に顔を見ておいてもらおうと扉を開けて教室にお邪魔する事にした。
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