「たったたたた誕生日おめでとう、ございましゅっ!」
「………」
盛大に噛み散らかした目の前の女に俺は気付かれないよう目を据わらせた。
「…とりあえず上がっていけ」
羽月が継子の候補として俺の元へ訪ねて来るようになったのは随分と前に遡る。
お館様からの推薦と命により渋々ながらもめんどうを見始め、今では得心出来ぬ程俺はこいつの事が愛おしくて仕方がない。
しかしこうして会うのに数カ月も経つと言うのにこいつから俺への馴れが未だに無いということに不満を抱いている。
「あ、あの…これ」
「何だ」
「飴細工がお好きと聞いたので…て、手作りで不格好ではありますが」
恐る恐る差し出された箱の中から少しいびつな鏑丸の飴細工が顔を出し、思わず目を丸くした。
職人のものでは無く、自分で手作りしたのだというのだから驚きもあるが、それ以上に俺の為に慣れぬ事をしたというその行動に淡い期待が顔を出す。
「ごご、ごめんなさい、すみません!鏑丸殿がこんな不細工な筈が無いと理解はしていますが自分の腕ではこんな、その、」
「いい。茶くらい出す。少しそこで待っていろ」
顔をこれでもかと青くしたり赤くしたり百面相する羽月に以前胡蝶から貰った茶を思い出し、腰を上げ台所へ向かう。
自分がやると後を追って来る羽月に首を横に降れば大人しく下がるのは教育の賜物だろう。
長らく使っていなかった戸棚を開き、筒状の容器を取りだす。
「いい加減こちらも見飽きました。少し早いですがどうぞ、お祝いの品です」
と相変わらずの笑顔で渡された物。
胡蝶曰くこれを茶に入れると心を落ち着かせる効果があると説明を受けた。
羽月のあがり症も少しは良くなるだろうと言われたのを覚えていたが使う機会も無く今までお蔵入りとなっていたが。
「…物は試しと言うからな」
己の誕生を喜んだ事は無いが、今日くらいは少しでいい。
羽月とのんびり過ごしてみたい。
心が通じなくとも、あいつが側に居るのならそれで十分だ。
囁かな礼として飯にでも連れ出そうかとこれからの行動を計画しながら淹れてやった茶に金木犀の香りがする薬剤を2つほど放り込む。
「伊黒さん…?やはり御手伝い致しましょうか…」
「いい。今淹れ終えた所だ」
「は、はい。失礼しました!」
相変わらずの落ち着きの無さに本当に効くのだろうかと思いながらそれを戸棚にしまい湯呑みを2つ持って居間へ向かう。
縁側で寝ていた鏑丸は何処かへ出掛けたのだろう。
座布団の上から姿を消した相棒を確認しながら薬入りの茶を羽月の前に出す。
相変わらず吃りながらも礼を告げて美しい所作で茶を飲む姿は見ていて飽きない。
俺はこいつの丁寧な所作に惹かれたのだ。
「…素敵な香りですね」
「胡蝶から貰ったが今まで忘れていてな」
「そっ、そうなんですか…」
「あぁ」
向かいに座る羽月の口調に少しの変化も現れない。
香りで落ち着かせるだけの薬だったかと心の何処かで少し落胆する気持ちを誤魔化しながら無言の空間をいつもの事と気を逸した。
「…あ、あの」
「なんだ」
「いつも、その、落ち着きが無く伊黒さんにご迷惑を掛けてます…よね」
「……それもお前だとここ最近は思う様になったがな」
「う…で、でもそれには、ちゃんと…わ、ワケがあって」
「ワケだと?」
突然何の話だと思ったが、余りに興味深い内容に思わず視線を鋭くしてしまうと羽月の肩が少し跳ねた。
「わたし、その、伊黒さんには、とても憧れていて」
「それで緊張しているとでも?」
「も、勿論!最初は…緊張と喜びと、色々な感情が混ざって…で、でも、最近は」
もじもじと視線をあちこち彷徨わせ身体を小刻みに揺らす羽月に続きを諭すよう見つめ続ける。
紅葉のように紅潮した頬や、桜色の唇が必死に言葉を紡ぐ様子は見ていて飽きない。
何となく側に寄り添いたくなって腰を上げ羽月の隣へ座れば、今度は目を見開きながら戸惑いを見せた。
「早く話せ」
「…っ、」
「?おい、」
「………き、」
「は?」
「好きです、伊黒さん」
目を潤ませながら小さな手で俺の羽織の裾を引っ張った羽月。
「かっこ良くて、優しくて、私を見つめてくれるその綺麗な瞳が、好きです。胸がぎゅうってして、ドキドキして、貴方を前にするとどうしても緊張してしまうんです…」
「な、」
「私みたいな女が貴方の手に触れて欲しいと、その目に映してほしいと思うなんて浅はかであり欲深いと何度も自分を律しても…貴方を目の前にするとどうしても、そんな自分が顔を出してしまうんです」
けして早口でもなく、かと言っていつものように吃る事なく俺を見つめる羽月の瞳に鈍器のような物で頭を殴られた感覚になる。
どういう事なのかと思う前に、余りに真剣な羽月の言葉をただ聞くしかできなかった。
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