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「小芭内、これから私が貴方に魔法を掛けてあげる」

「魔法だと?」

「そう。でもその前に、ほっぺにチューしてもいいですか?」


巫山戯ているのかと言おうと思った俺に身体をくるりと一回転させながら離れた羽月は恥ずかしそうに自分の頬を指した。

惚れた弱みとはこういう事なのか。
愛らしい言い方にすっかり怒る気をなくした俺は勿論だと頷いて両腕を広げる。

魔法とは何なのか。
あの木偶状態からここまで美しい人間が再現出来るのだ、もしかしたら本当に魔法が使えるのではないのかと思ってしまう。

そんな訳、天地が引っくり返ってもあり得ないというのに。

リップ音を立てて頬に唇を柔く押し付けた羽月はすぐに離れてしまう。


「やっぱり照れるね…」

「何言ってるんだ。俺なんていい年して眠るお前の名を呼んでキスしてるんだぞ」

「そ、そう考えるともっと照れる…!」

「ならもっとしてくれないか」

「それとこれとは別です」

「ちっ…」


あぁ、やっぱり羽月と話していると心が安らぐ。
こんななんてことの無いやり取りでさえ、さっきまでずぶずぶに沈んでいた俺の心を引き上げ綺麗にしてくれる。


「ね、小芭内」

「どうした?」

「私欲しいものがあるの」

「俺に渡せるものなら何でも渡そう」


そう、それこそ自分の寿命だって何だって。
初めてされるおねだりに手を引いて抱き寄せながらその手の甲に口付ける。


「ほんと?」

「あぁ」

「じゃあ、小芭内が欲しい」

「…それは、俺の寿命か」

「うん」


俺の問いに目を細めて頷いた羽月は膝の上に乗ったまま首筋に腕を回す。
受け取ってくれる気になってくれたのか。
そう思って目の前の羽月を抱き返せば更に強く抱き返される。


「良かった。やっと受け取ってくれる気になったのか」

「うん」

「これで、もう考えなくて済む。本当は無理矢理にでも渡そうかと思っていたが、悲しませたくは無かった。俺のエゴで羽月を悲しませるなどしたくない」

「ありがとう。こんな私の事、そこまで考えてくれる人小芭内以外居ないね」

「当たり前だ」


羽月の事を考えるのは俺だけであるし、これから一生誰に譲るつもりも無い自分だけの特権だ。
両手が頬を包み上を向かされる。

口付けると言う事かと俺は手を伸ばして羽月の首筋を引き寄せた。


「ありがとう、小芭内」

「礼を言うのは俺の方だ」

「See you.My world」

「…は」

「来世で、先に待ってるね」


優しい声が響き、視界が徐々に黒くなっていく。
意識も朦朧とする中、数ヶ月前に読んだ説明書きを思い出す。

Close my world.
人形の、羽月のリセットをする言葉。
だが囁くように言葉にされたそれは別の物だ。

薄れていく景色の中、優しい瞳で此方を見つめる羽月に手を伸ばす。


「たくさん、長生きしてね。私、待ってるから」


なんで、どうして。
その言葉は俺の口から紡がれる事なく世界は真っ黒に染まった。







目を覚ました俺は首を回しながら身体を起こす。

辺りを見渡せば普段と変わらない部屋。
ソファで寝ていたせいか身体が痛い。


「もう夕方か」


一人寂しい部屋に自分の声が嫌に響く。

今日はスーパーに行って買い出しをしなければ。
そう思いながら重い腰を上げ車のキーを取りに行く。

ふと窓の外で消防のサイレンが聞こえる。
何処かで火事があったのかと他人事の俺はそのまま玄関を出て駐車場へ向かった。

段々と近寄るサイレンの音は、俺の住むマンションの近くで止まる。


「放火かしら」

「何か人型の物が燃えてたらしいわよ」

「ひ、人型!?」

「でも変な臭いはしなかったらしいし、人じゃないと思うって」


野次馬根性のある近所の女性がベラベラと話しているのを聞きながら、車に乗り込む。
くだらない事をする者が居たものだと息を吐いてエンジンを掛けた。

アクセルを踏み、駐車場を出た俺は目的地と逆方向へハンドルを切る。

何故だか気になって仕方がない。
俺にも野次馬根性があったのだと思いながら、少し離れた所で燃え続けるソレを見た。

空き地で燃える大きな何か。
消防員が人形だと大声を張り上げる。

人形か、そう思ったはずなのにどうしてか心が痛くて服の上から手を当てた。


―――小芭内、またね。


ふと聞こえた知らぬ声に顔を上げれば消火された後の煙が空に立ち上っていく光景だけが見える。
気が付けば頬に涙が伝っていた。


「俺は、どうして泣いて…」


俺は暫く灰色の煙を眺め続けながら泣いた。
ただ、訳の分からないほどの寂しさと悲しさに心を痛めながら。





End.






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