羽月と初めて身体を重ねた日から数日。
俺はずっと考え事をしながら目を閉じて眠る彼女を見つめた。
どうしたら長い時間を共に居られるのか。
何らかの方法はないのか。
ネットで会社を調べたりもしたが何の情報を得ることも出来ず、小さく息を吐く。
「どう足掻いても、お前は人形に戻ってしまうのか」
ならばいっそ俺が羽月の立場であったならいいのにと思ってしまう。
そうすれば、結局寿命を渡す事でしか共に居られない現実に打ちのめされることなど無かっただろうに。
だけど
「羽月が人形だからこそ、俺達は出会えたんだ」
元々は何の装飾もない人形だった。
俺の願望が具現化したのが羽月なんだ、嫌いになれる訳も無いし本来なら存在することの無かった人物。
人形に息を吹き込んだのが俺であったから羽月は俺を愛することしか知らずにこうして日々を過ごす。
きっと何をしようと俺が拒絶される訳が無いのだ。
元よりそう作られているのだから。
「お前の気持ちは、本当のお前のものじゃない…」
人と同じ様に怒るし、笑うし食事も取る。
個人的な感情はあるけれど、羽月にとっての世界は俺でのみ形成されている。
何とも虚しいものだと思う。
「…俺は、どうしたらいい。どうしたら羽月と一緒に同じ時を過ごせる。どうしたらお前を…羽月を忘れられる」
冷たくなったその頬に触れて呟く。
返品するなど俺にできる訳が無い。
羽月を、箱に詰めて外へ追い出すなど出来たら元より依存などしていない。
「リセット機能が俺にも付いていたらな」
自嘲気味に笑みを浮かべながら頬に触れていた手を引っ込める。
もし羽月が起きていて、この言葉を聞いたなら怒られただろうか。
いっその事、羽月が生に執着してくれたならもっと楽であっただろうに。
貴方の側に居たい、だからキスをして。
その一言さえ聞けたなら俺は喜んで自分の寿命を捧げただろう。
けれど、それを羽月は良しとしない。
「どうしようもなく、お前が愛おしいんだ」
『小芭内』
「俺の寿命を受け取ってくれ。半分ずつならきっと」
『駄目だよ、小芭内』
「…羽月?」
矛盾する思考の海に浸りそうになっていた俺は夢でも見ているのだろうかと耳を疑う。
隣で眠ったままの羽月に視線をやってもその瞳は伏せられている。
当たり前だ、起動していないのだから。
なのにどうして声が聞こえるんだ。
不思議に思った瞬間、キスをしていないのに人形に戻った筈の羽月の瞳がゆっくり開かれる。
「おば、ない」
「…羽月、どうして」
「ごめ、んね。小芭内に嘘、ついてた」
いつもの柔らかい口調とはまた違う機械じみた声。
動きも全く違う。
けれど、耳に届く言葉は羽月から発せられているものだ。
「わたシ、は、人形だ、よ」
「………、」
「小芭内に、とって…たった1時間ダった、かも、しれない」
でも、と続ける羽月に俺は言葉を失いながらもその言葉を聞き続けた。
「私にと、って、幸せすぎるホどの、1時間だった、よ」
「羽月、キスがしたい。ちゃんと聞きたい」
「…一回だけ、ッて、約束、出来ル…?」
「あぁ、約束する」
そう言って羽月にキスをすればいつも通りの彼女に戻っていく。
どこか機械的だった動きも、滑らかになった。
「ありがとう、小芭内」
「どうして動けたんだ」
「私ね、小芭内に嘘ついてたの。いつか来るその時に…自分でも起きれるように、時間を少しずつ貯めてた」
言いたい事が分かった俺は小さく目を見開いた。
いつも時間は羽月に聞いていた。
それをこの数カ月の間、自分で測ることなく。
「怒った?」
「…いいや、全く」
「優しいね、小芭内は」
ふんわりと花開く様に笑った羽月は俺の頬に触れて額同士をくっつけあわせた。
いつか来るその時、とは今日の事だったのか。
羽月はそこまで考えて今まで行動していたと言う事は、俺がこうなる事を予想していたのだろう。
「駄目だよ、私に寿命を渡したりしたら」
「俺はお前と一緒に居たい」
「えへへ、嬉しい」
その言葉は本当に嬉しそうだった。
なら、そう言いかけて俺の頬に触れていた手を唇に当てる。
「愛してるの、小芭内の事。貴方は?」
「俺だって愛してる。だからこんなに悩んで、考えて…」
「もし、私が小芭内と逆の立場だったら同じ事を考えるよ。でもね、小芭内が私の立場だったら…どう思う?私の寿命を喰いたい?」
そう聞かれて、俺はつい口を閉ざしてしまった。
そんなもの嫌に決まっているだろうと言葉にしてしまう所だった。
俺の言わんとしていた事はそれでも伝わってしまったんだろう。
嬉しそうに、悲しそうに目を細めた羽月は小さく頷いた。
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