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※夢主人形設定。



拝啓購入者様。

この度は当社の製品をお買い上げいただきありがとうございます。

当商品の説明書を貼付してありますので、ご使用の際にはそちらをよくお読みになった上でお取り扱い下さい。



「…ふぅん」



俺は説明書をひっくり返しソファの上で寝転がったまま差出人不明の箱を横目で見た。

差出人不明ではあるが、しっかりと自分の名前の記された箱は随分と大きい。



「誰がこのようなくだらないモノを送ったのやら。分かり次第問い質してやらねばな」



箱を漁り顔も何もないただの人形の顔の上に置かれた説明書を取り出す。
長期休みの俺は暇を持て余していた。



【取扱説明書】


取扱説明書をお読み頂き誠にありがとうございます。

当商品は一見何の変哲もない人形ですが、貴方様の力により生命を吹き込まれます。

起動の為の説明の前にまず、注意事項を書かせて頂きます。
お手数ではありますが 最後 までよくお読みになりますようお願い致します。



「たかが人形に仰々しい説明書きだな」



前置きの長い説明書をとりあえず読むかとコーヒーメーカーからマグカップを取り出し口を付ける。



【はじめに】

この人形は貴方様の願望を映します。
送付された時点では顔も無くただ人のカタチを成した物ではありますが、起動していただく事により ヒト の形となります。



【注意事項】

人形は貴方様の生命により完成します。
一時間程でありましたら、本来の余命に響く事はございません。
あくまで、一時的な オ遊ビ としてご利用いただく事をおすすめ致します。

それ以上のご使用をして頂いても大変結構ではありますが、弊社でクレームを受ける事は出来かねます。



「生命だと?随分とフザケた注意書きだな」



ほろ苦い珈琲をもう一度喉に流し込み、物言わぬ人形へと視線を向ける。
言うなればマネキンだ。
髪も顔も無い、デッサンに使う様な木偶。



【起動操作について】

ここまでお読み頂きましてありがとうございます。

それでは起動する為の説明をさせて頂きます。


まず、初めて起動する場合は人形に名前を付けてあげて下さい。
名前を付けてあげた後は、目の前でその名を囁きキスをして頂ければ簡単に起動されます。

起動後一度のキスで一時間動くことが可能です。
起動中は人と変わらず自分の意志を持ち貴方様だけの彼女となります。

再度申し上げますが、この人形は貴方様の生命を吹き込み動きます。
しつこいようで申し訳御座いませんが、どうか。
どうか、ご利用は計画的に。

尚、人形が不要になりました際には
【閉じた私の世界(Closemyworld)】と目を見て呟けば電源を切る事が出来、登録された貴方様の記憶は全て削除される事になります。

その後入っていた箱に収めお家の外に置いて頂ければ弊社の者が回収に参ります。

最後に一つ、
弊社の商品について、お使い頂いた後に金銭を頂戴する事はありません。
破損に関しても上記同様です。
しかし、人形については 他言無用 でお願い致します。


それでは、この様に長い説明書きを読んで頂きありがとうございました。
どうか貴方様の日常と心が素晴らしいものになりますよう、心からお祈り申し上げます。


取扱説明書はそこで終わった。
何処の誰が送ってきたかも分からない人形。

だが、少し試してみたい欲というものが込み上げて来るのは何故だろうか。

本来の俺ならば箱も開けずに業者へ引き渡すはず。
なのに玄関に置かれたそれを当たり前のように家に引き入れてしまった。



「…」



蹲るようにして箱に入っている人形を見つめ、顔の部分をマグカップを掴む手とは反対の手で持ち上げた。



「羽月」



別に何の意味もない、何となく頭に浮かんだ名前。
俺はそのまま唇の辺りにキスをした。



「…何をしてるんだ俺は」



数秒経ってもうんともすんとも謂わぬ人形に当たり前だと苦笑を浮かべ箱へ戻し背中を向ける。

こんな夢物語の様な事が起きる筈が無いんだ。
暇過ぎて頭でも湧いたのかと自分自身に呆れながらシンクへ飲み干したマグカップを置く。



「はじめまして!」

「っ!?」

「ふふ、驚いた?」



ついでだから洗ってしまおうとすれば、背後から高くも低くもない柔らかな声が掛けられた。

ここには俺しか居ない筈だ。
その筈なんだ。

目を見開いたままゆっくりと振り向けば、清楚な感じの女が俺を見て目を細めている。



「羽月って、貴方が呼んでくれたんですよ?」

「っ…」



愛らしいと思うと同時に俺はそこに置いてあった人形の箱を走って見に行く。
そこにはさっきまで入っていた筈の人形は無く、説明書きと手紙のみが残っていた。



「信じてくれました?」

「…そんな、事がある、わけ…」

「貴方がキスしてくれたお陰で、私は貴方に会う事が出来たんです。ありがとう」



まるで花が咲いたような笑みを浮かべる女に、ただただ俺は言葉を失った。
こんな非現実的な事があるわけないんだ。



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