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以来羽月は与えられた任務以外を無惨の側で過ごした。
相変わらず表情に動きの無い彼女を見遣れば小さく小首を傾げる。


「……来い」

「はい」


近寄りいつものように膝をつく羽月を見下ろす。
頬を掴み顔を無理矢理上げさせれば何も言わずされるがままに従っている。


「どうかなさいましたか」

「黙れ」


じっと暫くの間羽月を見つめていれば僅かに瞳が揺れる。
目を逸らしたいのだろうが、無惨にそうするのは失礼だと思っている為にひたすら黙ったまま見つめ返す羽月に思わず口角が上がった。


「逸したいならば逸らせばいい」

「出来ません。無惨様の美しい瞳から目を逸らすなど私には」

「そうか」


時間にしてみれば一分にも満たぬその時間は羽月にとってとても長い時間に感じた。
楽しげに目を細めるその姿を見つめれば見つめる程羞恥心が湧き上がる。


「無惨、様」

「降参か?」

「元より貴方様に挑むなど畏れ多いです」

「ならば何だ」

「……嬉し過ぎて、どうにかなってしまいそうなのです」


必死に紡いだ言葉に目を見開いた無惨は掴んだ顔を素早く手放した。
その勢いに尻餅をついた羽月は急いでその場にひれ伏す。


「申し訳御座いません。私のような者が出しゃばった発言を」

「責めているわけではない。私は珠世と出掛けてくる。お前は屋敷の番をしていろ」

「はっ」


珠世を呼び付け外出の準備をする。
そして無惨は耳飾りの男に出会った。

頸を斬られた瞬間、ただただこちらを見ている珠世と問い掛けてくる耳飾りの男に困惑する。

身体が再生せず奥歯を噛み締めた。


(何なんだ、この化物は)


散り散りにした自身を更に刻む男に無惨は今まで感じたことの無い焦燥感に駆られた。


「無惨様!」


聞き慣れた声に目を向ければ耳飾りの男と自分の間に割入る羽月の姿が映った。

頸を斬られる瞬間、こちらを向いて薄い唇が何かを呟く。


――無惨様、早く行ってください。


初めて見た羽月の笑顔は頸が転がり落ちる時の一瞬だけだった。

珠世が羽月の名を呼ぶ声が聞こえたが、無惨は耳飾りの男から出来る限り遠ざかる為に全力を注ぐ。

最後に一度だけ振り向けば、灰になりながら崩れ落ちる羽月の身体が見えた。


(羽月。羽月…羽月っ…!)


せめて吸収さえすれば羽月の身体は灰になることは無かった。
殺したい程に怨みや憎しみが募るのに、引き返す事は出来ない。

それくらい、あの耳飾りの男に抱いたものは大きかった。


身体を修復し、使いの鬼をあの場所へ送り出しても羽月の衣服すら回収することは叶わなかった。

ただ一つ屋敷に残された短文のみが綴られている日記帳を除いて。

そこにはただただ自分へ対する想いが書かれていた。


【無惨様が心から笑える日が来ますよう】

【無惨様が陽の光を浴びれる日が来ますよう】

【無惨様が、どうか幸せになりますよう】


元より羽月は自分の物を置く人間ではなかった。
最低限の衣服と武器のみ。

無言のまま頁を捲っていれば、最後に小さく書かれた文字が無惨の目に止まる。


【笑えるようにならなくては】


目標なのか、願望なのか分からないそれは、初めて自分自身に向けた日記だった。
しかし根本は無惨に喜んで貰いたいという願い。


「最期に見せる笑顔など、私は望んでいない」


ただ羽月の事を独占したかった。
乏しい表情が自分の前だけでは変わる姿を見たかった。

彼女を人間のままではなく鬼にしてまで側に置いたのはそれだけの長い期間を過ごせば変わると思ったのだ。

人であった時、いつまでも治らぬ病に怒りを覚え水を持ってきただけの羽月に当たり散らしても、罵って暴力を振るっても彼女だけは怯えずただ側に在り続けた。
母や乳母と違い羽月だけは離れず自分を見ていてくれた。


「お前は人を喰わなかった。だが人を殺した。ならば行く先は私と同じだ」


そうだろう、と問い掛ければ居もしない彼女の無論。という返事が聞こえた気がした。

最低限の荷物だけを部下に持たせ、羽月と過ごした屋敷を燃やす。
徐々に灰と化す屋敷が消えていった彼女のようで眉を寄せた。


「私は太陽を克服してみせる」


誰に言う訳でもなく、しかし側に居る者にも聞こえぬよう呟きもう二度と屋敷へ振り返ることは無かった。

それを見送るかのように、炎は高く燃え上がり続ける。


『貴方がいつか救われる日が来ますように』




End.
初無惨様…!死.ネタですみません!!




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