そう、降りる予定だった。
「ごめん、ちょっと忘れ物してきたから先に行ってて!」
「え、珍しい!じゃあお店に向かいながら待ってるから早く追いついてよねー!」
「うん、ごめん」
もう殆どが卒業パーティーの為に昇降口へ向かったんだろう。
階段を登っていくにつれ、段々と人が居なくなっていく。
(居なかったら居なかったでそれでいい。もし冗談なら最低と言えばいいし…)
最上階まで登った私は、目の前の重い扉をゆっくり開く。
徐々に差し込む陽射しが眩しくて、手のひらで目元を庇いながら屋上を見渡せば、前に私が校庭を見下ろしていた場所にスーツを着たままの冨岡先生が立っていた。
「冨岡先生」
「卒業おめでとう」
「あ…ありがとうございます」
「おいで」
風で冨岡先生の髪が揺れ、穏やかな声が私を呼ぶ。
苦手だと思っていた瞳も表情も全て今はとても優しくて思わず呼ぶ声に勝手に足が動いてしまう。
「来てくれたんだな」
「冨岡先生は、何で私なんか」
「いつもつまらなそうなお前を気に掛けていただけだった。折角の学生生活、ましてや羽月は進路も就職だっただろう。少しでもお前が楽しむ顔が見たいと思っていたんだ」
近寄る私の手を取って、スーツの冨岡先生が膝を付く。
まるで王子様のような仕草に思わず顔を背けると、繋がれた手を強く握られた。
「前に一度、羽月が笑った所を見たんだ」
「別に私、笑わない訳じゃないんですけど」
「バスケをしてる時のお前は生き生きしてて美しい」
「っ、」
「もっと見たいと思った。羽月の特別な笑顔を俺に向けて欲しいと考えるようになってしまった」
手の甲にキスをした冨岡先生はそのまま私を見上げる。
あの朴念仁だと思っていた人がこんな事も出来るのかと思いながらも、顔に集まる熱に空いてる手で頬を覆った。
「思い出を作ろうとした訳じゃない。俺は羽月にとって思い出になるつもりはない」
「きょ、教師と生徒ですよ?」
「元、生徒だろう?嫌なら嫌と言ってくれて構わない。羽月の気持ちが聞きたい」
ゆっくり立ち上がった冨岡先生は私を見下ろし腰を引き寄せる。
初めてこんなに近寄る先生から良い香りがして不覚にも今更になってクラスの子達が言ってた事を理解してしまう。
好きになったらいけないと思う反面、こんなに胸が高鳴る事なんか初めてでどうしたらいいのか分からない。
「私、こんなに誰かにドキドキするの初めてなんです。冨岡先生の事苦手だったし」
「!?」
「なのに、あんな事言うから冨岡先生の事意識しちゃって…この気持ちの答え、先生が教えて下さい」
「…俺が教えたらもう元には戻れなくなるぞ?」
「いいんです。教えて、先生」
段々と顔が近寄る冨岡先生の顔に目を閉じると唇が重なる感触にまた鼓動が早まった。
首筋に腕を回してその感触を味わっていると、制服のポケットに入れてある携帯が震える。
「…あ」
「行ってこい。終わった頃に近くまで迎えに行く」
「で、でも」
「教員もまだやる事があるからな。家族が大丈夫なら俺の家に来い」
耳元で低く囁く冨岡先生の声に思わずジャケットを強く握りしめてしまう。
お泊りということなのだろうか。
人と付き合った事がない私は恋人となった人達が何をするのか知らない。
「まだ手は出さないから安心していい」
「えっ!?」
「何だ、出してほしいのか」
「い、いやっ!そんなっ、」
「そんなに強請られたら答えない訳にはいかないな?」
自分の唇を軽く舐めた冨岡先生に私の心臓は爆発しそうだ。
それでもこんな姿を見た生徒は私一人だけなのだと思うと嬉しい。
その後私と冨岡先生は連絡先を交換して、校庭まで見送ってもらった。
急かす友達からの連絡に小走りで待ち合わせ場所へと向かっていると、通知が届いて携帯の画面を覗く。
【他の男とくっつくなよ】
と短文で来ていて小さく吹き出してしまった。
ちょっとだけ立ち止まって返事を書くともう一度私は走り出す。
「羽月ー!遅いよ!」
「何何、告白でもされてたの?」
「ふふ、どうだろうね!」
「えー!待って詳しく教えてよ!」
まだ誰にも言えない初めての彼氏。
親との約束も初めて破ったけど、やっぱり私は私の思う道を生きていきたい。
私は、キメツ学園に通って本当に良かった。
End.
冨岡先生になんて送ったかはタイトルを見てくれれば分かるかと思います!
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