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「すみません、ちょっと私の耳が悪くなったようで…もう一度お願い出来ますか?」


気を取り直して自分の聞き間違いだと判断した私は手を掴む冨岡先生の腕を離しながらもう一度聞き返した。


「卒業したら俺と結婚して欲しい」

「……あの、ご自分が今どんな事を言っているのかご存知ですか?」


冗談だったとしても達の悪い冗談だ。
他の女の子だったら涙を流して喜ぶかもしれないが、私は違う。

余りそういう冗談を言わない人だと思っていたけれどどうやら私の見当違いだったようだ。
興味が無いふりをしてる癖にモテている自覚はあったのだと思うと何だか腹立たしい。


「理解している」

「そんな冗談、私は嬉しくありませんのでやめて下さい。無理矢理思い出を残そうとしなくていいですから」

「何の話だ?」


鬱陶しいと犬を追い払うように手を振れば冨岡義勇が首を傾げた。
先生に失礼な態度を取って申し訳ないと思うけれど流石に冗談が過ぎるし、もしこれが他の生徒に聞かれでもしたら更にPTAが騒ぐ事になる。

本当に何を考えているか分からない。


「ですから、私がなんの思い出も無いと言ったから冨岡先生が適当に冗談を言ってくれたんじゃないですかって言ってるんです」

「冗談じゃない」

「もういいですって。これ以上粘って他の生徒に聞かれたら問題になりますよ」

「…心配してくれているのか」


なんて的はずれな答えにイライラした私は逸していた視線を冨岡先生に移すと、思わぬ光景に目を見開いた。

そこには冨岡先生が嬉しそうに目を細めて笑っていて、初めて見るその姿に心臓が不整脈を起こす。


「な、何を笑って」

「永恋、好きだよ」

「…っ、」


私の頬に手を当てた冨岡先生に思わず顔が熱くなって、その手を振り払った。
何、何なの。
訳が分からない。

おにぎりも、使い捨ての容器に入れたお弁当もそのままに私は自分の鞄だけを持って屋上を飛び出す。


「卒業式の後、またここで待ってる」


そんな声が後ろから聞こえたけれど、私は返事もせずに階段を駆け降りた。

普段なら校内を走る生徒に竹刀を持って追い掛け回すくせに、今日に限って追いかけて来ない。

私は冨岡先生が嫌いな筈なのに、さっき見た嬉しそうな笑みと好きだと言ってくれた声が頭から消えない。
結局卒業式まで私は学校に登校する事なく過ごした。

学校へ来れば冨岡先生と会ってしまうから。

卒業式当日、気分が沈んだまま登校し体育館へと向かう。
その間、クラスメイトは今までの思い出を話したり既に感極まって泣いたりと皆忙しそうだ。

時々振られる会話に頷いても、何故か私は冨岡先生ばかりを探してしまっている。

そんな中、体育館についた私は教員の座る場所に珍しくスーツを着る冨岡先生を見つけた。


「冨岡先生スーツ着てるー!かっこいい!」

「見て見て、煉獄先生もかっこいいよ!」

「宇髄先生もスーツ着こなしてて素敵!」

「不死川先生珍しく胸元締めてて寂しいー」


さっきまで涙を浮かべていた子も、先生達の見慣れないスーツ姿に興奮して静かに騒ぎ立てている。
いつもは青いジャージに身を包んだ冨岡先生は卒業式という大切な日と言うのもあり、しっかりとネクタイをつけスーツに身を包み着席していた。

ふと屋上での出来事が思い浮かび鼓動が早くなる。


「きゃー!冨岡先生がこっち見てくれた!」

「…!」


ひょこひょこと控え目に飛び跳ねる女の子の声に思わず顔を上げると、こちらを見る冨岡先生と目が合った。
すると僅かに口が動いてすぐに視線を戻してしまう。


「今きっとおめでとうって言ってくれたのかも」

「えー!嬉しいー!」


違う。私には分かってしまった。
冨岡先生は間違いなく、おくじょうで、と言った。

思わず胸の辺りを抑えた瞬間、マイクから卒業式が始まると言う声が聞こえ私は顔を上げて壇上を見上げる。

卒業証書授与や、学園長からの有り難いお言葉も私は上の空のまま卒業式を終えた。

教室へ帰った皆はアルバムに寄せ書きをしていて、この後皆で集まろうと学級委員が黒板の前で皆に呼び掛けている。


「羽月は出席する?」

「い、今迷ってる」

「折角だし行こうよー!クラスで皆集まるのも最後だしさ」

「そう、だよね」

「んじゃ決まり!伝えてくるね!」


肩に手を回した友達に勢いで頷けば、その子は参加を伝える為に私から離れて行った。
このまま学園から下校していいのだろうか。

後輩達は既に下校を始め、卒業生だけがまだ教室に残っている。
外を見下ろせば、三年を担当する教師以外が指導する為か校門の所で立っていた。

けれどその中に冨岡先生の姿は無い。


「それじゃ行こっか!」

「っ、うん」


参加を伝えて自分の鞄をそのまま持ってきた友達に手を引かれるがまま、私も同じ様に鞄に手を伸ばしクラスの子達と一緒に教室を出る。
そうだ、きっとあの日の事は冗談だと言われるだけだ。

それならわざわざ会いに行く必要など無い。
そう思って私は友達と階段を降りた。






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