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「羽月」

「はい、何でしょう」

「私は…お前にとって恩人かも知れぬが、男は私一人ではない」

「え?分かってますよ」


手を繋いだまま今日世話になる宿に入り布団を敷く羽月に話し掛ける。
しかし思った様には伝わらず首を傾げられ更には何を言っているのだと逆に問われてしまった。


「他に将来を望める男は幾らでも居よう」

「縁壱様が言いたい事は分かります。しかしどの男性に出会っても、私の気持ちは変わりません」

「…私にお前を幸せにする資格はない」

「幸せにしてもらいたいとは思っておりませんよ。私は縁壱様の側に居られるのなら勝手に幸せになりますから」


布団を敷き終えた羽月は畳の上で星座をしたままの私に近寄り手を重ねる。
綺麗な美しい手だ。

視界に入ったその手をもう片方の手で挟んでやれば、けしていい暮らしをさせてやっている訳でもないのに柔らかく絹のように滑らかな手。


「貴方の側で生き、死ねるのなら本望です。この想いが通じずとも…だからどうか置いて行かないで下さい。縁壱様が居ないと、私生きていけません」

「そんな事を言うものでは無い」

「本当です。さっきも見たでしょう」


さっきと言うのはきっと追い払った男の事だろう。
度々羽月が旅の途中で口説かれていた所は目にした事がある。

しかし誰にも靡かずそれでも私の側に居たいと言ってくれるのは嬉しいが、将来を考えればこのような旅を続けていいものでは無いと自分でも理解していた。


「縁壱様」

「なん…、」

「……縁壱様にとって私はまだ子どもですか?」


手を触れながら考え事をしていれば、思いの外近寄った羽月の唇が私のものに重なりゆっくりと離れていく。
その感触に、その表情に背筋がゾクリとした。


「…っやめるんだ、羽月」

「嫌です」

「お前には幸せになってもらいたい」

「縁壱様じゃなきゃ私は幸せになれません」

「頼む」
 

羽月の肩を優しく押し返し距離を取る。
我が子のように育てて来たこの子に私は今何を考えたのか。

自己嫌悪に苛まれながら俯き立ち上がる。
捨てるつもりなど毛頭ないが今は距離を置いたほうが羽月の為であり私の為でもある。


「なら、縁壱様は私が他の男と添い遂げて欲しいと本当に思っておいでなのですか」

「……あぁ」

「好きでもない男に抱かれろと」

「もしかしたら好いた男が出来るかもしれない」

「なら、今すぐにでも別の人に抱かれてきます」

「…っ、何故そうなるんだ」


私と同じ様に立ち上がった羽月は涙目で睨み付け部屋を出ようとする。
そんな風にして羽月が私では無い誰かに触れられるなど。


「許さぬ」

「何が駄目だと言うのですか。縁壱様でないのであればどんな男だって一緒です!」

「私以外の男に触れさせないでくれ」

「……今、何と?」


羽月が他の男に抱かれる姿を想像し、腸が煮えくり返りそうな程嫌悪した。
それと同時に父としてではなく、一人の男として許せない事だと理解もした。


「他の男になど抱かれるな」

「…それは、父として?」

「違う」

「っ…」


溜め込んでいた涙を流した羽月が私の腕の中へ飛び込んで来る。
顔を上げた瞳を覗き込めば長い睫毛に雫が乗り、きらきらと輝いて見えた。


「愛しています、縁壱様」

「私もだ」

「嬉しい」


もう二度と愛する者との生活を奪われぬよう私が守らねば。
羽月の身体を抱き寄せそう心に誓う。


「ずっと、異性としてこうされたかった」

「いつからそう思っていたんだ?」

「それは秘密です」

「…そうか」


頬に手を滑らせ羽月の額に口付けながら布団に身体を横たわらせる。
美しく広がった髪に指を通し頭を撫でてやれば眠かったのか目を薄く閉じたり開いたりしながらこちらを見つめられた。


「縁壱様」

「少し休め。また夜になれば鬼狩りへ行く」

「…でも」

「ゆっくりでいい。共に生きてゆくのだから」

「はい…」


瞼を掌で覆えば小さく聞こえた寝息に目を細め羽月の身体を包み込みながら隣に寝転がる。

手を伸ばせば触れられる場所に羽月が居る。
いつだって側に寄り添い続けてくれた。

もう二度と自分自身がこうして異性を愛する事など無いと思っていたが、人とは分からぬものだと思う。


羽月の寝顔が昨日とは違って見え、今までのように子どもだと思っていた彼女への接し方が一瞬で分からなくなってしまった。

いつの間にこんなにも美しく、真っ直ぐな娘に成長していたのだろうか。


「羽月、お前だけは必ず守ってみせよう」


だから一生側に、手の届く所に居てくれないか。
私の幸せは、今羽月と共にある。


「愛している」


いつか寿命尽きるその時まで、羽月の命は誰にも奪わせやしない。




End.

縁壱さん難しい…(ガタガタ)




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