「うわぁぁぁぁぁああ!!!!」
この前の任務にて怪我をした私は只今蝶屋敷で機能回復訓練中なのだけれど、道場内での筈が屋敷すべてを使って何故か冨岡さんと追いかけっこをしている。
何で私が柱とやらなければいけないんだと思いながら半泣きで全力疾走していた。
何故そうしてまで逃げているかと言うと、それは今朝のやり取りにある。
「羽月さん、そろそろ機能回復訓練を始めましょうか」
「うん!」
「それでですね、一つ謝っておきたいことがあるんですけど」
朝食をアオイちゃんが運んできてくれて、折角だからと一緒に食べていればどうやら言いづらそうな雰囲気に思わず首を傾げた。
「今日、私もしのぶ様もカナヲも居ないんです」
「えっ、じゃあなほちゃん達とすればいいのかな?」
「いえ、それが…」
アオイちゃん達の不在によりなほちゃん達も患者達を見なくてはならないと言うことで、急遽たまたま通り掛かった冨岡さんが私の相手になったと言う訳だ。
そこまではいい。
仕方が無いことだから。
道場内で待ち合わせていた冨岡さんの一言が、私をここまでやらせる事になったのだ。
「俺が勝ったらお前を貰う」
「は!?」
貰うって何をだろうか。
継子だとすれば私は確かに水の呼吸を使うけれどそんな実力全く無い。
あまりこんな事を言いたくはないけれど運で生き残ってきたようなものだ。
唐突に私の生死を掛けた追いかけっこが始まった。
「まっ、待って!」
「待たない」
「何で!」
もうタメ口とかどうでもいいくらい怖い。
真顔で両手縛ったまま(当人いわくせめてもの優しさ)追い掛けて来る冨岡さんが非常に怖い。
「冨岡さん!正気に戻りましょう!」
「俺は正気だ」
「私を継子にしても死んで終わります!」
「なんの事だ」
「ひっ!」
必死に前を向いたまま話しかけていると、横からぬっと顔を出した冨岡さんに驚いて派手に転んでしまった。
地面に伏せた私の背中を冨岡さんの手が叩く。
「うぅ…」
「羽月」
「私強くないのに…」
「何を言っているのか分からないが、これからよろしく頼む」
私終わったな、と半泣きで冨岡さんの顔を見上げると初めて見る優しい笑顔に胸が高鳴る。
そんなに継子を迎えられたのが嬉しいのだろうか。
自分で縄を解き始める冨岡さんを見ながら立ち上がり自分の砂を払い落とす。
「えと、じゃあ私はこれからどうすれば」
「住むか」
「あ、冨岡さんのお家にですか?」
「あぁ」
継子ともなればそうして住むのが当たり前なのだろうかと考え、カナヲを思い出す。
玄弥も悲鳴嶼さんの所でお世話になっているようだし分かりましたという意味で頷けば何だかよく分からない表情でこちらを見つめている。
「え、えと…何でしょうか」
「一ついい忘れたことがある」
「はい」
「好きだ」
「はい!?」
どうして今こんな所で告白!?
全然分かんないよ!
そんな事を口に出さないままひたすら慌てていれば、隊服の裾を引っ張られた。
「何でしょう、か」
振り向いた先に冨岡さんの整った顔が近寄り、唇に何か当たる。
ちゅ、と音がして顔が離れるまで目を見開いたままの私の頭を撫で抱き寄せられた。
「大切にする」
「ちょっ、えっ、まっ…」
「あら、やっと告白できたんですか冨岡さん」
「あぁ、嫁に貰う」
テンパる私にどこからか舞い降りてきた胡蝶さんがにこにことドヤ顔をする冨岡さんの肩を突く。
全く展開についていけていない私は冨岡さんの腕の中で始終声にならない声を上げていると肩越しに胡蝶さんの顔が見えた。
「お付き合いだけではなくまさか婚約済みだったとは驚きましたよ」
「えっ、あの…」
「おめでとうございます!では」
「私、全然話についていけて…って胡蝶さーん!!」
上品な微笑みを浮かべながら消えた胡蝶さんの向こうにカナヲとアオイちゃんが赤面顔でこっちを見ている。
何で全員集合してるんだ。
皆用事があると言っていなかっただろうか。
もしかしてハメられた?
「あの、冨岡さん。ちょっとお話があるのでとりあえず離してくれませんか?」
「そう言えば継子がどうと言っていたが…」
「あ、はい」
「その…子を産んでくれると言うことか」
心から嬉しそうな表情を浮かべ私のお腹に手をやる冨岡さんにまたキュンと胸が苦しくなる。
(何この人こっわ…女の落とし方知り尽くしてるの?こんな笑顔見たら好きにならない人居ないでしょ)
いつも真顔な人の笑顔ってこんなにも胸に刺さるものがあるのだと、何だか色々言いたかったことも飛んでしまった。
今まで意識なんてした事なかったけど、私も私で満更でもないのかもしれない。
「その内で良ければ」
「本当か…!」
「えぇ」
その後胡蝶さんが私と冨岡さんが婚約したと噂を広めお付き合いする時間も殆ど無くお館様にも祝福されささやかではあるけれど、婚儀をする事になった。
「冨岡さん」
「お前も冨岡だ」
「…ぎ、義勇さん」
「あぁ」
「好きですよ」
「!」
一時は言葉が少すぎて意味が分からず心の中で騒いでしまったけれど、こんなに優しくて可愛い人他に居ないと思う。
きっとこれからも、私はこの人の側で幸せな時間を過ごすんだろう。
そう思ったらまたキュンと音がして穏やかな気持ちになった。
後日談。
「義勇さんはどうして私を好きになったんですか?」
「多分一目惚れだ」
「え?」
「初めて見掛けた時からずっと好きだった」
「いつから!?」
「…秘密だ」
おわる。
戻る 進む