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「じゃあな、ブス!」

「夏休みだけどブスは家に引っ込んでろよな!」


私は人が苦手だ。
視線が合うのが怖くて前髪も伸ばし直接見えないようにしていたし、孤立するのも仕方が無いことだと思っていた。

それなのに。


「君が好きだ」


キメツ学園でとても人気のある有名な三年生の先輩から告白された。
夏休みの前日、放課後帰宅しようとしていた私の前に現れた伊黒先輩。

私を罵っていた生徒なんてまるで存在していないかのように通り過ぎた伊黒先輩が緊張した面持ちで片手を出している。


「良かったら…その、友達から始めてくれないか」

「っ、」


伊黒先輩みたいなかっこいい人が私に告白なんてありえない。
もしかしたら罰ゲームをさせられてるのではないか、そう思う反面話に聞く伊黒先輩はそのように人を小馬鹿にしたゲームなどしないイメージもあった。

それに一度も話した事がないというのに、何をどうしたらこうなるのかも分からずただただ私は差し出された手を重ねる事なく伊黒先輩へ背中を向ける。


「ご、ごめんなさい…!」

「羽月!俺は本気だ」

「っう」

「これ、連絡先。気が向いたら連絡してくれ」


走り出そうとした私の手を掴んだ伊黒先輩は私の手に髪を握らせた。
すぐに離された手にまた走り出し、高校に通う為に親が借りてくれたひとり暮らしの家に駆け込む。

余り運動が得意ではない私は息を激しく切らしながらしっかり持ち帰った伊黒先輩の連絡先が書かれた紙を眺める。


「…伊黒先輩が、何で私なんかを」


あの人ならどんな女の子でも選び放題だと言うのに。
それなのに、どうしてあんなに真剣な顔をしていたのだろう。

純粋に疑問に思った。

だから一度だけ、その疑問を解決する為にバックへしまっていた携帯を取り出す。


だと言うのに、結局次の日になっても私は連絡を送れずに居た。


「…はぁ」


怖い。
これを送った先が、伊黒先輩ではなく別人であったらまた揶揄われていじめられる。

外に出たくはないけれど、スーパーに行かなくてはいけないし、邪魔な髪の毛を後ろにかき上げ帽子を深く被った。


「とりあえず買い物してからまた考えよう」


財布と鍵だけを持って家を出る。
数分歩けば着くし、かけっぱなしのテレビが午後は雨と言っていたけど大丈夫だろう。

空を見ればどんよりとしていたけどとりあえずは雨に降られることなく目的地のスーパーについた。

カゴに必要最低限の物を入れレジに並ぶ。


(今日はカレーでも作ればいっか…)

「羽月?」

「はい?」


考え事をしながらレジ袋に買った物を入れていると誰かに名前を呼ばれて振り向けば、制服じゃない伊黒先輩が目を見開いてこっちを見ている。

目があった瞬間思わず買った物も置いて逃げ出してしまいそうになった私を昨日のように腕を掴まれそれは失敗に終わってしまった。


「どうして逃げる」

「だって、先輩は私と次元が違う存在だから…」

「同じ学園に通う生徒同士だろう。何処が違う次元だと言うんだ」

「そういう訳じゃなくて…と、兎に角手を離して下さい。人目が…」


私達の様子を何だと見る人たちの視線が気になって俯けば、やっと周りの状況が見えたのか伊黒先輩が気まずそうに眉を寄せた。
流石に手を離してくれるだろうと期待した目で見ていると、まだ袋に詰め途中だった私の買い物を丁寧に入れ持ち上げてしまう。


「あ、あの」

「重そうだ、俺が持っていこう」

「…うっ」


笑みを浮かべた伊黒先輩の企みに気付いて小さく呻き声を上げた。
逃げられないのだと、まるで蛇に睨まれた蛙のように私は視線だけでも逃げようと外に目をやればポツリポツリと雨が降っている。


「あ、雨」

「羽月、傘はあるのか」

「いいえ、家が近いのでこれくらい大丈夫です」

「大丈夫な訳があるか。送っていく、俺の傘に入っていくといい」

「そ、そんな!無理です!」


誰かと一緒の傘に入るなんて親以外したこと無い。
勢い良く首を横に振れば無言の伊黒先輩が買い物袋を持ち上げる。

どうやら私に選択肢はないらしい。

渋々傘に入れて貰った私は初めて伊黒先輩の顔をまじまじと見つめた。


(ピアスたくさん開いてる…)


髪を緩く後ろで縛っている伊黒先輩の薄い耳にはモノトーン色のシンプルなものや蛇の形をしたピアスが何個も並んでいる。
モテると有名な不死川先輩や冨岡先輩と肩を並べるだけあって、マスクをつけてる横顔も格好いい。


「俺の顔に何かついているか?」

「い、いえ…ピアスが、その…たくさんついてたので」

「あぁ、これか」


私の視線に気付いた伊黒先輩に急いで俯きながら当たり障りのない言葉を返すと、自分の手で耳を触った。

すると、顔をこっちに向けた先輩はわざわざ買い物袋を持つ手に傘を持つとマスクを外して見せる。


「…っ」

「普段は外してるがこっちもある」


少し長めの舌についたピアスがとてもいやらしく見えて思わず顔に熱が集まってしまう。
凄いですね、とか痛そうですねなんて在り来りな返事をしながらドキドキする心臓を抑えた。







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