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「しかし意外だな、義勇があぁいうタイプの女性が好きだとは」

「どう言うタイプなのかは分からないが、日中彼女と会った時はもっと薄かった」

「化粧の事か」


そう言われて無言で頷く。
人の趣味をあぁだこうだは言うつもりはないが、俺は日中会った時の彼女の方が似合っていると思う。

あくまで俺個人としての意見ではあるが。


「でも良い子そうだし、仲良くしてみたらいいじゃないか」

「会話が無い」

「一目惚れしたんだろう?自分から歩み寄れ、男ならば!」

「……」


気合を入れるためなのか、酒が入っているからなのか思いの外強く叩かれた背中がじんじんして痛かった。

それから、何日も会わない夜が続いていると少し帰りの遅くなった俺は土砂降りの中を歩いていると傘もささずに歩く人影が視界に入って思わず走り出してしまった。


「おい!」

「…あ、冨岡さん。こんばんは」

「何故傘をさしていないんだ」

「家に傘を忘れてしまって…」

「来い」


化粧の崩れた彼女の顔を見ないよう、その細く白い腕を引いてアパートに入る。
鍵はあるのだろうがこのままでは風呂に入りそうもない雰囲気に無理矢理自分の部屋へ押し込み風呂場へ連れて行った。


「あの…?」

「風邪を引く。入れ」

「…でも冨岡さんが」

「俺はいい」

「なら、一緒に入りませんか」


脱衣所に連れていけば髪から水滴を垂らしたまま俺を見上げる彼女の赤い瞳に心臓が締め付けられた。
泣いていたのだと分かっていたから顔を見ないようにしていたのに。

けれどそんな事すらふっ飛ばすような発言に度肝を抜かれた俺はその瞳を思わず見返してしまう。


「今何て、」

「私、風俗で働いてるので気にしません。このままじゃ冨岡さん風邪引いちゃうから」

「ふう、ぞく」


風俗と聞いて錆兎があの日言い辞めた理由がわかった気がした。
だからと言って驚きこそしたものの彼女に対する感情が変わった訳でもない。


「えへへ、引いちゃいました?」

「何故だ」

「だって風俗ですよ?余り男性にとって聞こえのいいものじゃ…」

「仕事は仕事だ。いいから早く入れ」


もう一度背を押した瞬間、壁の向こうから女の嬌声が小さく聞こえてくる。

この壁側の部屋は彼女の、そう思って振り向いて見れば自嘲気味な笑みを浮かべて肩を竦めた。


「彼氏、ホストで」

「…っ」

「お客さんと一緒なのかも」


悲しそうに呟いた羽月に唇を噛み濡れたジャージを脱ぎ捨てた。
突然脱いだ俺に驚いた彼女は目を見開いたまま固まっている。


「気が変わった。一緒に入るぞ」

「え、」

「早く脱げ」


もたもたする羽月の高そうな服を優しく脱がし風呂場に連れて行く。
より隣の部屋と近くなった壁が更に大きくなる嬌声が嫌でも耳に入ってすぐにシャワーを勢い良く出した。


「風邪を引く」

「っ、はい」


俺の後ろで全裸のまま立っていた羽月の手を引き腕の中に閉じ込めて温かいシャワーを浴びる。
甘い香りのする首筋に顔を埋めれば、初々しい反応をされてつられてしまいそうになりながらひたすら耳を塞ぐように二人で温まり続けた。


「冨岡さん」

「どうした」

「っ…あり、がとう」

「いい。下心だ」

「優しい下心だね」


そう、これはただ羽月が他の男のせいで泣いているのを見たくない俺の隠しきれない下心。
腕の中で震える羽月を抱き締めればしゃくりあげながら涙を流した。


「こんなもので悪いが」

「いえ、ありがとうございます。私スポーツドリンク好き」


冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してソファに座る羽月へ渡せば久しぶりに見た笑顔にほっとした。
やっぱり笑顔が似合うと思う。


「その方がいい」

「え?」

「笑っていた方が可愛い」


言葉が得意でない俺からの精一杯のアプローチ。
自分のシャツとハーフパンツを履いた羽月がずっとこのまま居ればいいと心から思っている。

気付いてくれただろうかと隣に座る彼女の頬に触れればそっと擦り寄ってくれた。


「ありがとうございます、冨岡さん。でもまだその言葉に返事は出来ません」

「…そうか」

「ちゃんとあの人と別れてから、また遊びに来てもいいですか?」

「っ、あぁ」

「嬉しい。ねぇ冨岡さん、貴方の下の名前を教えてくれませんか?」

「義勇だ」

「義勇さん。素敵な名前ですね」


とても似合っている、と満面の笑みを見せてくれた羽月にまた心臓が高鳴った。
この笑顔を守りたいと心の底から思う。

恐る恐る手を繋いで見ると優しく握り返してくれる。


「私、もう今の仕事も辞める。昼間の仕事にします」

「それがいい。金銭面が不安ならばここへ来い」

「本当?」

「そこまで裕福じゃないが」

「そんなの関係ない。私、義勇さんとなら幸せです。ブランド物だって本当はいらないの」


そう言った羽月に初めて会った時の事を思い出した。
清楚な服に、可愛らしい顔を引き立てる控えめな化粧はきっと元々の素であったのだろうと思うと隣に居るであろうどうしようもない男に一喝してやりたいと思う程だ。


「ついていくか?」

「大丈夫。お別れしてくるだけですから」

「…なら番号を教えてくれ。何かあったらすぐ呼べ」

「ありがとうございます」


携帯の番号を教えてくれた羽月はそのまま自分の部屋に戻って行った。
無事羽月は男とも仕事場とも別れを告げ、何事も無かったかのように今は俺の隣で笑ってくれている。


「羽月」

「義勇さん」

「好きだ」

「私も義勇さんが好きです」


やっと心が繋がった俺達は何を言う事もなく唇を合わせた。
目の前に居る羽月は出会った時のように、優しい笑顔で俺に笑いかけてくれている。



End.




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