「よりいちさま!」
「どうした」
「大好き!」
「…あぁ、私もだ」
鬼殺隊を抜け、一人鬼を退治した私は戦争孤児を拾った。
まだ幼く、7つにも満たない女児だ。
見つけた当初はやつれて居たが、食事をしっかりと取らせれば数日後には小さな手を両手一杯に広げ私に飛びつく程に元気になった。
その姿はまるで我が子が生きていたならこうなっていたのかもしれないと、もう二度と会えぬ我が子を重ねてしまう。
男子か女子かは分からぬが、どちらにせよ愛らしかったに違いない。
「私の側を離れるな」
「はい!ずっと側におります!」
「あぁ、偉いぞ」
子どもらしい暖かな体温や匂いは私の心の傷を癒やした。
抱き上げて柔い頬を撫でれば嬉しそうに顔を綻ばせる。
「縁壱様、私はいつか縁壱様のお嫁さんになりたいです」
「私の妻か」
「はい!」
「そうか…楽しみにしている」
「約束ですよ!」
小指を絡めまだ幼い羽月の言葉を私は軽く受け止めていた。
女児は父親に嫁ぎたいと一度は言うものだと出会った者から聞いたことがある。
これがそうなのだと、やはり羽月は愛らしいと痛くないよう抱き締めた。
しかし子どもが大人になるのは早いもので、あれから10年。
茶屋に寄り休憩を取る己の隣を見れば背丈も幾分か大きくなった羽月が凛とした佇まいで私に寄り添っている。
「…羽月、近くはないか」
「そうですか?」
「あぁ」
「気のせいですよ」
何年か前は向日葵が満開に咲き誇った様な笑顔を見せてくれていた筈が、今は椿のような慎ましやかな表情で私に笑いかける。
おなごの成長は早いと言うがこれ程までとは思わなかった。
「縁壱様、一つお聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか」
「どうした」
「私をいつ抱いてくださるのですか?」
「…っ、ゴホッ!」
茶を飲んでいた私を覗き込んだ羽月は度肝を抜く発言をさらりと言ってのけ、余りの衝撃に口に入るはずだったものを噴き出してしまった。
あらあら、と言いながら持っていた手拭いで私の口元を拭う羽月をそのままに凝視すれば、前に贈った紅を引いた唇が弧を描く。
「縁壱様のお嫁さんにしてくれるって約束してもらいましたよね?」
「…もう少し考え直せ羽月。お前程の美貌があればいい所に嫁げる」
「嫌です!」
「年の差も考えてはくれないか…それに、私に妻を娶るなどそんな甲斐性は」
「ここまで私を育ててくださった縁壱様に甲斐性がないのならば他の男などもっと甲斐性なしでございますね」
「……」
おなごに口で勝てるとは思ってはいなかったが、やはり羽月にも勝てる様子は無い。
しかし暫く受け流していれば諦めるだろうと、その話題に関しては無言で過ごし続けた。
ふと用事があり羽月一人を茶屋に置いていった時の事。
外の椅子に腰掛けた羽月に声を掛ける男が居た。
「おい、俺の言う事が聞けぬか」
「先程から言っているように、私は旦那様の帰りを待っているんです。迷惑だから帰って貰えませんか」
「何だとこの女…!ガキが偉そうにっ」
「……それ以上羽月に近寄るな」
羽月の冷たい態度に腹を立てたのか、腕を振り上げた男の腕を掴み少しばかり手に力を込める。
手荒な真似はしたくない。
そうは思っているのに羽月に近付いたこの男を嫌悪する自分も居る。
「触るんじゃねぇ!」
「ならばその手を下げてくれないか。私とて荒事にしたくはない」
「何を偉そうに…」
「縁壱様に盾突くな!この不細工!」
ゴッ、と音がして腕を掴んだままの男が呻き声を上げ地面に沈んでいく。
蹲った男を見て羽月に視線を移すと腕を組んで誇らしげに鼻を鳴らしている。
随分と逞しく強かな娘に育った。
「おかえりなさい縁壱様!さ、帰りましょう」
「……」
蹲ったまま動かない男が大丈夫なのか気になる所だが、立ち上がったらそれはそれで面倒事になる。
男を一瞥して腕に寄り添う羽月に頷いてその場を後にした。
隣では待たせてしまったと言うのに機嫌がいい羽月が鼻歌を歌っている。
「機嫌が…いいな」
「はい!私を助けてくれた縁壱様が素敵で胸が高鳴りました!やはり私の旦那様は縁壱様しか居りません」
「…そうか」
ろくに返事もしない男の何が良いと言うのだろうか。
しかし私ではない男が羽月の側に居ると考えると形容し難い気持ちが込み上げて来る。
そっと小さな手を握り締めれば驚きに目を開いた羽月が私を見つめ、すぐに見た事もない程に美しい笑みを浮かべた。
たったこれだけの事で嬉しいと思ってくれるのか。
思えば羽月は昔から何かを強請る子では無かった。
何かを贈ろうと聞けば私が居ればそれでいいとそれしか言われる事はなく、今付けている紅だって勝手に買い与えたものでしか無い。
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