竈門炭治郎。
爽やか、誠実、優しい、イケメン、面倒みがいい。
周りの彼に対する評価は良いものばかり。
たまに嘘をつくのが下手だとか、正直すぎて我妻先輩が貶されて泣いてるとか悪い事はそんな事くらい。
(そんな少女漫画の王子様役みたいな人間いる訳ないでしょ)
昼休み、嘴平と我妻先輩と教室でご飯を食べている竈門を眺める。
基本誰かと行動しない私は当たり前に一人昼食を食べているけれど、こうして竈門を観察しているのには理由があった。
「羽月、君の事が好きなんだ。付き合ってくれないか?」
そう言われたのが数日前。
余りに唐突だったその告白に少し待ってほしいと答えを返した自分に帰宅後頭を抱えたのをよく覚えてる。
あんなに人気者の彼が顔も平均な私を好きになる訳がないし、これと言って絡んだ事すらないんだ。
それでもここ数日竈門の私に対する態度で気が付いたことが一つある。
それは、
「羽月」
「…何?竈門」
「そんなに見つめられると照れちゃうよ」
「…………み、見つめてなんかない!」
ぼんやり考え事をしていたら、目の前に竈門の顔がどアップで映って上半身を仰け反る。
「もし良かったら一緒に食べないか?」
「…いや、私は」
「おいぼっち!これ寄越せ!」
「は?いや、別にいい…け、ど」
「駄目だぞ伊之助。俺のをやるから」
いつの間にこいつらは私のテリトリーに入ってくるのか、顔を出した嘴平が弁当に手を出してきたのを気にせずあげようとしたら、竈門が手で遮った。
「天麩羅!!?ぼっちのやつやっぱいらねぇ!」
「あ、うん」
「ちゃんと座って食べるんだぞ」
向こうに置いてあった自分の弁当を指差した竈門に嘴平はさっさと消えて行ってしまった。
できる事なら一緒に帰ってほしかったのだけれどと言わんばかりの視線を彼に投げ掛ければ笑みを浮かべられる。
え、怖い。
「じゃあ俺がこれ貰っていいか?」
「え?じゃあ何で嘴平にあげたの」
「羽月の手作りだろう?俺以外食べさせたくないから」
ほら。
この独占欲に満ちた笑顔。
ゾクゾクする程悪い顔をしてると言うのに誰も竈門の事を見ていない。
「…別に減るもんじゃないし」
「俺が嫌なんだ。それだけじゃ駄目か?」
「っ、」
前の席の椅子に勝手に座る竈門が箸を持つ私の手をそっと握ってくる。
一人で居るから誰かとこうして向き合うのも、優しく触れる他人の体温も慣れない私はつい俯いてしまう。
それすらも竈門は知っててやっているわけで、他人がくだした評価なんてまったくの嘘だと私は知っている。
「な、馴れ馴れしく触らないで」
「嫌か?」
「嫌に決まって」
「おかしいな。俺の鼻には照れた匂いと少し嬉しそうな匂いがしてくるのに」
片方の手で箸を奪われ指を絡める竈門は目を細めながら自分の方へ腕を引っ張る。
「なぁ、そろそろ返事くらい聞かせてほしいな」
「なっ、こんな所で変な事聞かないでよ!」
「匂いだけじゃなくて、羽月の口から聞きたい」
「……っっ!!」
大丈夫、全部知ってるから。
そう私の耳元で囁いた竈門に顔を真っ赤にした私は勢い良く立ち上がって手を振り払った。
「なななな、何を知ってるって?」
「こらこら、まだ皆ご飯食べてるんだから静かにしなきゃ駄目だろ?」
「えっ、わっ!」
「おいで、こっちで話をしよう。二人で」
派手な音を立ててクラスにいる生徒がこちらを見ると、いつもの人の良い笑みを浮かべた炭治郎が私の手を強く掴み教室の外へ連れて行く。
勿論最後の言葉は私にしか聞こえていない。
「待って、私まだお弁当広げたまま…!」
「羽月」
「ひっ…」
「好きだよ。早く俺のものになってくれ」
誰も居ない準備室へつれて来られた私を壁に追いやり、両手をついて逃げ道を奪われる。
他の生徒が知らない、私にしか見せない竈門の表情と吐息に肩が震えてしまう。
「さ、早く聞かせてくれ」
「竈門…お願い、ちょっと離れて…っ」
「離れない。でも聞かせてくれたら離れるよ。いい子だから、な?羽月」
耳元で低く響いた声に腰を吐かしてしまいそうな私は、竈門のブレザーを掴んで必死に頷いた。
これ以上近寄られては私の頭がオーバーヒートしてしまいそうだ。
「わ、私も…竈門が、好きだよ…」
「本当か?」
「本当だって!」
「じゃあ、離さなくてもいいよな」
観念した私ににっこりと笑顔を浮かべた竈門が顔を寄せる。
唇に何か触れて、壁についていた筈の手が私の身体を抱き寄せた。
「……!?」
「心も体も離すつもりなんてないから、覚悟しておいてくれよ」
「いっ…今何して…」
「何って…キスだよ」
腰に回された腕の力は強いまま、炭治郎のもう片方の手が離れ人差し指で自分の唇に触れている。
「もっとこれから色々なことするんだから、この程度で恥ずかしがってちゃ駄目だぞ」
「いっ…」
「俺がちゃんと羽月に教えてあげるから、頑張って勉強していこうな!」
よしよし、と私の頭を撫でた竈門に目を見開く。
ほら、やっぱりこいつは腹黒い。
なのにそれに惹かれてしまった私はどうしようもない人間だ。
再び迫る竈門の顔に目を閉じ覚悟を決める。
私しか知らない彼の一面に嬉しくなってしまった時点でもう逃げられなかったんだ。
だからどんなに恥ずかしくても、たまにゾクッとしても私は彼を受け入れてしまうだろう。
誰も知らない秘密の果実の味を知ってしまったら、もう手放す事なんてできるわけが無いのだから。
おわる。
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