「よし、ラスト行くぞ!」
クラス委員長の声に私達全員が頷く。
私は目を閉じて彼女達の最期を思い浮かべた。
ゆっくりと幕が上がっていくと同時に目を開けば目の前に座った冨岡君と目が合う。
「っ…」
もう役に入り込んでいるのだろうか、柔らかくて、それでも切なさを含んだ冨岡君に胸が苦しくなった。
「煙、少し休もう」
「……うん」
「水がある、飲め」
竹で作られた水筒を受け取り傾ける。
水を飲み干すと多々羅が私の頬を愛しげに撫でた後、優しく抱きしめた。
「貴方のために、幸せを願おうと思ったのに」
「さっきも言ったが煙の居ない世なんていらない」
「私、だって…」
抱き締め返すともう二度と包まれることの無いと思っていた温もりに涙が零れた。
一瞬だけ離れて、私の額に優しい熱。
「愛している」
贄の印を消す様に、私の額と多々羅の額がくっつく。
私も同じだと口を開こうとした瞬間、音も無く放たれた弓が多々羅の背中を穿いた。
「た、多々羅…」
「見つけたぞ!煙様を捉えろ!多々羅は殺しても構わん!!」
「え、ん…逃げ、ろ…っ」
「いや、多々羅っ!多々、羅…!」
多々羅は背中に弓矢を何本も刺されたまま銅剣を抜いて男達に向かっていく。
ズキズキと心臓が痛い。
頭が痛い。
やめてくれと身を投げ出そうとした時、多々羅の体がぴたりと動きを止めた。
「ゃ…やだ、多々羅…おねが、私っ…うぁっ」
多々羅の体を銅剣が貫いている。
ゆっくりと流れ出る赤い血に駆け寄ってその背中を抱き締めた。
その瞬間、後ろに居た大婆様の冷たい瞳と目が合い鈍い衝撃を受け意識が薄れゆく中最期に愛する人へと視線を移す。
彼が私という支えを失い倒れていく。
「―――――」
私へと手を伸ばしたまま何かを告げて彼は動かなくなった。
そうして意識を失っている間に私は船に乗せられ、貢物と共に湖へ沈む。
私達の旅路はここで終わってしまったのだ。
どうか、次に出会えたその時は…
「鬼の居ぬ平和な世で、貴方と幸せになりたい」
スクリーンに水中の映像と音だけを流し、私はマイクへ向かって台詞を言い終えた。
そして劇は終わり、一旦すべての証明を落とす。
会場から聞こえる啜り泣く声や、多々羅と煙を応援する声、幸せになってくれと声が聞こえる。
(――彼らに、この声が届くといいな)
フィクションだとかノンフィクションだとか噂の絶えないこの物語。
誰が書いたのかも不明なのだ。
初めて読んでから、何年経っても、何度読んでも涙を流してしまう。
しかし今は涙を拭いて鑑賞してくれた人達にご挨拶をしなければならない。
まだ真っ暗な舞台袖の中で涙を拭おうとした時、別の指先が流れた涙を拭った。
「…冨岡、くん」
「泣かなくていい」
「なん、」
「お前の涙は見たくない」
冨岡君がそう告げた瞬間、役者達が舞台へ歩いていく足音がしてすぐに距離を取った。
どういう意味なのだろうと問いたくても彼は既にいつものスンッとした顔で正面を見ている。
「それではご登場頂きましょう!」
ナレーションの子が既に表に出て観客の人たちへキャストを紹介し始めた。
主役の私達は最後。
「煙ちゃーん!!」
「多々羅様ーっ!!!」
勿体ぶっているのか最後はー?と言ったきりお声が掛からない。
女子生徒の多々羅を推す声や、泣きながら煙の名前を呼ぶ声。
「溜めた所で最後は主役のお二人!」
パッと証明が私と冨岡君を照らす。
1歩前に出ようとした時、片方の手が冨岡君に掴まれる。
「と、冨岡くっ…はな、」
「もう二度と離さない」
皆の前に立ったのに冨岡君はあろう事か私の手を引き寄せた。
マイクもなしに、いつもより声を大きく張り上げて。
「どこに居ても、必ず迎えに行く。その時は共に幸せになろう」
私を見つめてそう告げた冨岡君。
多分、これはファンサなのかもしれない。
でも何故か煙に手を伸ばして何かを言った多々羅の言葉に合っているような気がして、私は涙を溢しながら頷いた。
会場が大歓声に包まれ予期せぬ展開に小物係の人達が一瞬呆気に取られながらも急いで幕を下ろす。
最高のファンサだと煙役でありながら幕が下りた後も俯いたまま泣いている私の手は未だに掴まれている。
もう離しても大丈夫だと言うように冨岡君を見れば私を見つめる瞳の熱もそのまま。
「冨岡君…?」
「二言は無いぞ」
「え、」
そう真顔で告げた冨岡君はこちらへ駆け寄ってくるクラスメイトの足音に優しく手を離した。
早足で舞台を後にする彼の背中を見つめていると、私の名を呼ぶ友人の声が聞こえて振り向く。
「ちょっと!!何あれ!!」
「い、いや、私もビックリ…」
「これは色々話題になるわね」
「ちょっと劇にしては話が重かったかもしれないね」
「違うわよ。もう」
友人の言葉は全てこの物語と冨岡君のアドリブに対してかと思っていたけれど、どうやら私の勘違いだったようだ。
翌日の校内新聞の最大の見出しは、
【煙と多々羅、今世で再会を果たす!】
「えぇぇぇぇえ!?!?」
「やっぱり」
「いやいや、あれ冨岡君のファンサ…っ」
ほら見ろと言わんばかりの友人に否定しようと首を振ると突然誰かに肩を掴まれた。
「ちょっと羽月さん!」
「ひぇっ!?」
「悔しいけどこればかりは仕方ないわ…多々羅様は煙と幸せになってほしいもの!」
「え、ちょっ」
冨岡君ファンの一人が涙ながらに言いたいことだけを言って走り去って行ってしまった。
「こ、これは…」
「羽月」
「ひぇっ、冨岡君!?すいませんすいません!」
「何がだ」
くりっと首を傾げるのは今登校してきたばかりなのだろう。
恥ずかしいけれど新聞を見せるしかない。
無言でそれを差し出すと軽く目を通した冨岡君は、
「何も誤解じゃない。昨日お前も頷いただろう」
「……う、頷いたけどアレは」
「良かった」
違う、と言おうとした私より先に彼が初めて演技では無い笑顔を見せた。
笑顔とは言え目を細めただけだけれど、本当に喜んでくれてるって分かってしまって顔を抑える。
「一つ忘れていた。羽月」
「はい…」
「愛している。今度こそ、お前からの返事を聞かせてくれ」
「い、今!?」
高校生なのに愛してるって、しかもこんな人通りの多い所で返事を求めるなんて。
緊張と嬉しさと恥ずかしさで気を失いそう。
「…聞かせてくれないのか」
「…………ぁ、あい、して、ます…」
好きにならない訳がない。
でも何でだろうか、彼の言葉や仕草を見ると嬉しさと懐かしさがこみ上げて来る。
彼と会ったのはこの高校に来てからだと言うのに。
とりあえず顔を覆ったままだから何故か出てきた涙も隠せるだろう。
そっと髪を撫でてくれた冨岡君の指先を感じながら、彼と歩む幸せであろう旅路に胸がきゅうっと締め付けられた。
end.
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