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「贄の儀式を行う」


大婆様がそう言って、集会所に集まった女たちの中で一際高い場所に居る私を見つめた。


「良いな、煙」

「………はい」


鬼という恐ろしいものを鎮めるための贄、それが占いで私と出たのだろう。

儀式はすぐに始まる。

集会所を出て、藁で作られた暖簾を上げ辺りを見渡すと銅剣を脇に差した護衛が近寄ってきた。


「煙、」

「多々羅、今までよく尽くしてくれました」


多々羅は幼い頃から共に育った。
心身共に成長し、いつからか身分は違えど恋に落ちた私達はこっそりと心を繋いだ。

いつもは涼やかな瞳を見開き多々羅が唇を震わせる。


「お前は護衛から外せと大婆様からの御達しがあった。どうか…」

「っ、」

「お前は幸せになれ」


大婆様の命は絶対だ。
それは領主であれ、何であれ鬼の災害から領民を救った大婆様の血筋には逆らえぬ。

私の護衛である印を額に描いた多々羅から目を背け、自分の家へと早足で帰った。

まともに別れなど告げる暇はない。
今から身を清め、贄に用意された特別な着物を着なくてはならないのだから。


「………っ、ふ」


鬼。
平安の世からあると聞いたが本当の所など私が知る由もないのだ。

それでも十年に一度、占いによって選ばれた者を贄として儀式を行う。

多々羅と共に居たかった。
だが仕方のない事なのだ。

戦に巻き込まれ民が死ぬのも、贄として私が死ぬのもさして変わりなどないのだから。


身を清め終わると額には贄の証となる印を刻まれる。
複数の男に抑えつけられながらその痛みに声を上げ、手足を暴れさせた。

印が刻み終わり、息を切らす私を今度は複数の女が取り囲みきらびやかな着物を着せる。

儀式の準備を手伝う者は皆全て顔を布で覆い隠し、贄の怨みを受けない様になっていた。


(…人を、怨むなど)


怨むのは儀式を行う人では無く、こんな儀式をせねばならなくなった鬼のせいなのだ。

籠に乗せられ、まだ薄暗い森の中を儀式の執り行われる湖へ向かう。

もうすぐ湖と言うところで馬の蹄の音がした。

盗賊だろうか、と多々羅ではない護衛達が私を守ろうと銅剣を抜く。
私にはもうどうでも良かった。

盗賊であっても、何でも、私は彼の為に死ぬのだから。 


「煙!!」

「……多々羅」


耳に心地良く響く穏やかな彼の声が、いつもとは違う怒りを帯びて私の名を呼んだ。


「多々羅貴様っ…」

「煙!掴まれ!」


彼を阻止せんと護衛兵が群がるのを容易く弾き返し思わず立ち上がっていた私に手を伸ばした。

私は、私は彼の為に死のうと思っていたのに。


「多々羅!」


こちらへ伸ばされる愛しい手を掴み、馬上へ引き上げてもらう。


「逃げるぞ。お前が居ないこの世など、俺には耐えられない」

「っ、うん!」


馬になど乗ったことのない私を抱き抱え多々羅は森を駆けた。

この先に待つ運命を、知らないままに。







――――
―――
――



「舞台暗転!」


馬に乗る多々羅役の冨岡君を見つめながら小物係声が舞台裏に響く。
そう、これは劇なのだ。

私の大好きな物語の。


舞台が暗転して観客の司会を遮る幕が下ろされ私はやっと多々羅役の冨岡君に馬から降ろしてもらえる。
本物の馬を使うとは本気度が違うし、映画ばりのセットに耐え得るこの舞台の広さよ。


「お疲れ羽月ー!さっそくだけど化粧治すよ!」 

「あ、うん!ぉぶっ」

「いよいよラストシーンだから、しっかりね!」

「ふぁい…」 


この配役、くじで決まったのだがまず主役とヒロインが無口な冨岡君と本ばかり読んでる私って最初心配でしか無かった。

何を演じるかはその主役に全ておまかせするという大掛かりな劇にしたとは思えない程大雑なスタートだったのだ。

それにしても、


「まさか冨岡君があんなに張り切るとは思わなかったよね」

「いやほんとそれよ。私の立場で冨岡君の王子感味わって欲しい、惚れる」

「あんた背後に気をつけなよ…」

「ちょっと!怖すぎて演技できなくなる!」


冨岡君はモテる。
クールだけど天然な彼はとても独特な雰囲気を持ってるけどモテる。
顔が美しいんだよなぁ。


「でも、ここまで大掛かりな出し物になったのも羽月達が真剣だったからだよ。高校最後の文化祭最高!」

「へへ、そう言われると照れるなぁ」


少し土に塗れた化粧を施してくれている友人は手を動かしながら嬉しそうに楽しそうに話し掛けてくれる。

私の大好きなこの物語が、クラスの皆の心に残るのは嬉しいな。


「羽月、準備はどうだ」

「あっ、冨岡君!ご、ごめん!」

「謝らないでいい。終わったら俺にも頼む」

「はいはーい、待っててね!」


冨岡君も化粧をするようだ。
練習中も思ったけどモテる割には彼、存在感が何ていうか、気配が無いと言うか。
乗り気なのか乗り気じゃないのか分からない彼の表情はとてもわたしを不安にさせたけど、この物語を劇にする事を提案したのは彼だった。 










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