「…………」
「……………」
職員室。
俺は目の前に座る羽月に無言で見つめられている。
頬がぱんぱんに張っているが怒っているという事なのだろうか。
「……羽月」
「モテモテですね」
「これは日頃の礼だ。モテモテじゃない」
「紙袋ぱんっぱんにして?」
お前の頬もぱんっぱんだがと言い掛けたが何となく辞めておいた。
下手な事を言って機嫌を損ねたくない。
俺はまだ羽月からチョコをもらっていないからだ。
「よォ、羽月。さっきはありがとうなァ」
「実弥先生。お口にあったなら良かったです」
「おぉ。流石調理師免許持ってるだけあるわ」
「………不死川、羽月からチョコを貰ったのか…」
背後から現れた不死川に声を掛けられ、さっきとは表情が打って変わった羽月に今日一番の衝撃が走った。
俺はまだ貰ってないんだぞ。
確認のために不死川へ問えば、目を見開きながらこちら反応を示した。
いつも思うんだが、あんなに目を見開いてドライアイにはならないのだろうか。
「あ?何だ冨岡ァ、チョコ貰ってねぇのか」
「……いや」
「冨岡先生は生徒たちにたくさん貰ったからいりませんよね」
「なっ…俺は」
「それじゃあ、お先失礼します」
支度が済んでいたのか、上着と鞄を持ち立ち上がった羽月に席を立ち引き留めようと腕を掴む。
どうして心の底から欲しいと思っている羽月からチョコが貰えないんだ。
生徒たちに貰ったのなんて半ば強制的であっただけで欲しいと思ったことなど一度だってない。
「何するんですか。離して下さい」
「何を怒っているのかは分からないが、俺は誰より羽月のチョコが欲しい」
「はいはい、そうやって皆から貰ってるんですね」
「なら俺はどうしたらいい。一人一人謝ってチョコを返してくれば貰えるのか?それなら返してくるから待っていて欲しい」
冷たく振り払われそうな手を優しく握りながら必死に貰える方法を考える。
生徒達には申し訳無いがこれで貰えないのは辛すぎる。
「な…何もそこまでしなくたって」
「どうして不死川は貰えて俺は貰えないんだ。羽月は不死川が好きなのか?」
「…いや、人として同僚として好きですけど」
「おいコラ冨岡。俺を巻き込むんじゃね…!」
「はいはーい。不死川君は黙ってこっちに来ましょうねぇ」
「な、おい!胡蝶!」
不死川が好きなら俺が貰えないのは頷ける。
でも羽月が異性として好きじゃないのなら諦めたくはない。
口振りからして用意はしてくれているはずだから。
今は義理でも、不甲斐無いが心待ちにしていたんだ。
「わ、分かった!分かったから手を離して下さい!」
「本当か!」
「本当ですって…はい、これ」
手を離せば自分の鞄を漁った羽月に愛らしいハート型の箱が渡される。
さっき不死川が持っていた物より装飾が凝っているような気がするのは気のせいだろうか。
「…ありがとう」
何にせよ貰えたことに安堵してお礼を言えば目の前の羽月がみるみる顔を赤く染めていく。
お返しはどうしようか。
何を送ったら羽月は喜んでくれるだろうか。
箱の中身も見ていないというのにホワイトデーの事で頭が一杯になる。
「そそそ、そんなに嬉しいですか」
「あぁ、嬉しい。とても」
「う…!」
「大切に食べる。日持ちはするだろうか。出来ることなら少しずつ食べたい」
「市販のが美味しいでしょう。普通に食べて下さい、普通にっ!」
「本命からのチョコをそんな風に食べられる程俺は無粋な男じゃない」
箱を眺めながら思ったままを言葉にすると教員室の音がぱたりと無音になった。
みんな帰ったのだろうかと顔を上げれば今ここに居る全員の視線を浴びている。
「…これはやらないぞ?」
そんなに見てもやらないぞ。
チョコを食す権利を俺は絶対に、他人に握らせない。
取られないように抱え込めば羽月と目が合う。
「わわ…」
「わわ?」
「私っ、かかかかえっ、帰ります…!生チョコなので余り日持ちしないから…は、早めに食べてね!それじゃあっ!!」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ。何かあったらすぐ電話するといい」
手を振って羽月を見送る。
顔が赤いようだったが体調が悪いんだろうか。
後で連絡をしようと思いながら席へ付くと不死川と目が合った。
「食い意地がはっているのは良くないぞ、不死川。お前はもう貰っただろう」
「おめぇマジかァ」
「何がだ」
何をそんなに驚いているのか分からないが、チョコを取ろうとしていないのならそれで良い。
むふ、と自然に笑みが漏れてしまうのも仕方が無い事。
「冨岡先生は羽月先生が大好きなのね」
「あぁ」
「うふふ。じゃあホワイトデー頑張って告白してみたらどうかしら?」
「おい胡蝶やめろォ。冗談じゃ済まなくなるぞ!」
「そうか…そうだな」
羽月は喜んでくれるだろうか。
渡した時に笑ってくれるだろうか。
告白はどうであれ、彼女が笑った所を見たい。
成功する事が一番ではあるが。
兎に角今日は羽月に貰ったチョコを堪能しようと思う。
「冨岡先生ってば羽月先生がヤキモチ妬いてた事に気付いてないのねぇ」
「鈍感共がァ…職員室でラブコメすんじゃねぇ」
帰って開けた箱の中身はきらきらしていて、義勇先生へと書かれた愛らしい手紙と様々な装飾が施されたハート型の生チョコが入っていた。
「うまい」
早くホワイトデーにならないだろうか。
羽月の喜ぶ顔が見るのが楽しみだ。
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ラブコメすんじゃねぇって実弥んに言わせたかったのと、権利を渡すなをとみせんに言わせたかっただけ。笑
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