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無事三年生の授業は終わり、内容の懐かしさと教え方をメモにした私はチャイムと共に先生と生徒の子達にお礼を言って教室を出る。

この学園の子達はとても人懐っこくて、授業前に顔を出した私の名前を殆どの子が覚えてくれていてとても嬉しかった。

このままじゃ最終日絶対泣く気がする。


「羽月、先生」

「はーいって、えっと…伊黒君、だよね?」

「はい。その、さっきは申し訳なかった。不躾に女性の身体を…」

「大丈夫だよ!伊黒君が支えてくれなかったお陰で怪我もせずに済んだし、寧ろありがとう」


わざわざ私の後を追ってきてくれたのだろう、マスクに触れながらおずおずと声を掛けてくれる伊黒君に出来る限りの笑顔で返した。

そうすればまたビクリと肩を震わせマスクしていても分かる程顔を赤く染めている。

ひょっとして女の子に免疫がないのだろうか。
だとしたら余計に可愛い。


「伊黒君は優しいね。道理で女の子達が騒ぐ訳だ」

「女の子達?」

「うん。伊黒君に、不死川君に冨岡君。よく三人の名前は耳にするから」


覚えちゃった、と言えばついに顔を背けられてしまった。
その反応にこれを言っては駄目だったかと内心焦りながら伊黒君の事を見ていると、やっと横目でこちらを見てくれる。


「その、女子がどんな会話をしているかは俺には分からないが…別に俺は」

「ナルシストじゃないよ、かな?大丈夫、そんな事微塵も思わなかったから」

「そ、そうじゃなくてだな」

「先生も女の子達に納得しちゃった!」


不死川君も冨岡君も殆ど話す事無かったから顔の事しか分からないけど、伊黒君は性格も顔もとってもかっこいい。

笑いながら両手を合わせると伊黒君はぷるぷると震えているような気がしたけど、腕時計がチカリと光って帰りのHRまで時間が無いことを知らせる。


「そろそろ教室に戻らなきゃ!伊黒君もHR始まるから戻ってね」

「…はい」

「それじゃ、また見学しに行くことがあったらよろしくね!」


急がなくてはここから受け持つ教室は結構な距離がある。
震えていた伊黒君にはどうしたのだろうと思ったけれど、時間も無い私は手を振りながら階段を降りていく。

教育実習生が時間に遅れては他の生徒に示しがつかないし急がなきゃ。
怒られない程度の速度で階段を小走りで駆け下りながら、去り際の伊黒君を思い出す。


「……な、何で思い出してるんだろ」


振り向きざまに見えた、少し目を細めて手を振り返してくれる伊黒君に何故か顔が熱くなる。

パタパタと自分の頬を手で仰ぎながら階段を降りきって教室へ戻ると、まだ担任の先生は帰って来ていなかった。


「羽月先生お帰りー!」

「ただいま!」

「あれ、顔赤いよ?どうしたの?」

「え、嘘!?階段駆け下りたからかな…」

「アハハ!羽月先生らしい!」


どうやら顔の赤みは収まっていなかったらしい。
困ったように笑って顔を煽ぎながら首を傾げたらクラスの子達は大きな口を開けて笑ってくれた。

そんな笑いが起きる中、担任の先生が教室に戻って来たので私は一番後ろの黒板の前に立ちながら先生の話を皆と一緒に耳を傾ける。

それでも何故か頭に浮かぶのは腰を引き寄せてくれた伊黒君の腕の感触と、私を見つめる左右色の違う綺麗な瞳で思わず俯いてしまった。


(そう言えばあんなに男の子が近くに居たのは初めてかもしれない)


とは言え、まだ18歳の男の子を思い浮かべてしまうのは教育者の卵として宜しくない。
きっと初めてあそこまで接近されたから少し意識してしまってるだけだと自分に言い聞かせ、誰にも気付かれないよう頬を叩いた。


(しっかりしなきゃ!私はここに勉強に来てるんだし!)


そう気合を入れ直した私は、翌日に伊黒君が会いに来る事をまだ知らない。

その後どうなったかは、また別のお話。





【以下おまけ(会話文のみ)】

羽月先生が居なくなった後。


「顔が緩んでるぞ(何かいい事でもあったのか)」

「誰がだらしない顔をしているだ貴様。喧嘩売っているのか」

「伊黒よォ、あんまり言いたくねぇが…もしかしてあの教育実習生に落ちたとか言うんじゃねぇよなァ?」

「なっ、なんの事だかさっぱり分からんな!」

「おいおい、まじかよ…」

「確かに(教育熱心だったし)悪くなかった」

「おい冨岡貴様…お前まで狙っているとか言い出すなよ…」

「何を言ってるのか分からない」

「絶対にお前のような男だけには譲らん」

(自分が狙ってるって言ってるようなもんじゃねぇかよ…)





おわり。




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