「ぶぇっ!」
硬いのに何だか温いそれに鼻をぶつけて顔を片手で覆う。
今度は物理で鼻血を出すところだったとじんじんしている鼻を擦りながら一歩後ろに下がって目を開ける。
「………スォッ…」
どうした何で冨岡さんがそこに居るんだ。
あなた気配無いし人と関わらないタイプなんじゃないのか。
間違いなくフラグでは無いだろうし、邪魔だから帰れと言われるのだろうか。
それとも煩いと苦情を言われるのだろうか。
ところでさっに、めっちゃいい匂いした。
「迎えが来た」
「………え、あ、本当ですか?後藤ぱいせん早すぎじゃない!?」
「知らん」
それだけ言って本日二度目となる背中をこちらへ向けた冨岡さんに安定の拗らせボーイだと親指を立てながら急いで洗濯物を取りに行く。
まだ洗濯物を取り込んでないし畳んでもいない。
ちゃんと仕事はするのが私の美学。叩き込まれた社畜魂というもの。
最悪少しだけ待ってもらおうかと庭へ向かうと何も掛かっていない物干し竿だけがそこに佇んでいた。
「う、嘘やろ…?」
「おーい羽月ー。手伝いに来たぞー」
「冨岡義勇さぁぁぁぁん!!」
「うぉっ!?」
多分50m走自己最速記録のタイム出たってくらい勢い良く義勇さんの消えていった部屋に向かって息を整えながら襖を控えめに叩く。
何だ、と襖の向こう側から聞こえた素敵なボイスに恐る恐る禁断の間への扉を開きすぐ様ひれ伏した。
「お手を煩わせて大変すいませんでした!」
「……」
「今後しっかり素早く滅菌消毒清掃させていただきますので!」
廊下に頭をこすりつけながら必死に謝る。
これだから私は会社でも仕事が遅いと罵られるのだ。
慣れない事とはいえこの世界で暮らす為に与えていただいた仕事も満足にこなせないなんてしのぶさんに申し訳が立たない。
推しのお屋敷だからと言って欲に囚われすぎていた気もしなくも無いから余計に罪悪感が凄い。
「…気にしなくていい」
「し、しかし」
「日が暮れる前に早く帰れ」
「んんっ…」
で、で、出たー!!
さり気ない優しさ!!!
思わず顔を上げれば着流しに着替えていた冨岡さんを見てしまい更に気色悪い息を吐いてしまいながら胸を抑えた。
これだから推しは。
「あの、お気遣いありがとうございます…!」
「俺が一人になりたいだけだ」
「キェッ…ですよね、すみません。でも、凄く嬉しかったです。またお掃除しに伺いますね。今度はちゃんと私一人でやらせて下さい!」
「……」
会話は終わりと言いたげな義勇さんが日輪刀へ手を伸ばしたのを見ながらもう一度頭を下げて襖を閉じようと手を伸ばした。
「ご苦労だった」
襖が閉まる瞬間聞こえた声に喉がヒュッと音を立てたけど何とかその場に蹲ることで叫ぶのを堪えられた。
推しがかっこいい。
その後冨岡さんと何かあったのかと慌てて追いついた後藤さんに何でもないと首を振って仲良く蝶屋敷にお話しながら帰り道を歩く。
「え、なになに。お前水柱好きなのか」
「心臓ネジ切れるくらいには」
「死ぬやつじゃん」
「本望では?」
「まぁあの人顔いいもんな」
性格はよく知らんけど、と付け足した後藤さんに憐れみの視線を投げかけながら肩を叩く。
「いや何だよその目。腹立つわ」
「あの方は顔も良いし性格もいいですよ」
「そんなに話したのか?」
「頭の中では何度も」
「お前って意味わかんねぇこと言うよな」
アニメしか見てないけどSNSでの供給はあったからね。
困った様に眉を下げた後藤さんにだらしない笑みで返せば頭を撫でられた。
お掃除係り最高です。
蝶屋敷にまで送ってくれた後藤さんはこれからまた仕事があるからと手を振って出発して行った。
姿が見えなくなるまで手を振って蝶屋敷へ帰るとカナヲちゃんが無言の笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま!カナヲちゃん!」
「おかえりなさい」
そう言ってカナヲちゃんはすぐに背中を向けて行ってしまうけど、こうして出迎えてくれるのはとても嬉しい。
あの世界の家は誰も待っては居なかったから、一人でおかえりとただいまを言っていた。
まぁグッズは待っていてくれたけど。
手を洗い着替えた後しのぶさんの元へ行って今日の事を話せば良かったですねと笑ってくれた。
夕食を作る手伝いをしようと廊下を歩きながら冨岡さんの匂いを思い出して破顔する。
「ひぃぃ、幸せ…」
鼻に残る爽やかな男性の香りに気持ち悪い声を洩らしながら台所へ入ったらなほちゃん達に恐れられた。
そんな私の、新しい生活。
つづく。
オタクちゃん書くの楽しい。
気が向いた時にでも全3部作くらいで更新したいと思ってます。
戻る 進む