(いや気まずっ!!)
ゲームでは幾らでも対応出来るのにいざ推しと二人きりとか私のキャパシティ超えすぎて状況を理解したくない。
それでも感じる視線に何か行動をしなければと思い、とりあえず手に持ったちり紙を鼻に当て汁を拭いた。
「………っ、」
「ひぃっ!ごめんなさいごめんなさい!小汚い液体噴出しててごめんなさい!」
一応見えないように顔を背けた私は静かに息を震わせた冨岡さんに気付いて瞬時に頭を床にめり込ませる。
どうだこの早業。
社畜人生で一番最初に獲得した技ですよ。
「俺は怒ってない」
「ですよね!そんな心狭くないですもんね!失礼でしたよね!」
「………」
「いや、その…ぐぅっ」
ぽつりと洩らすように告げられた言葉に顔を勢い良く上げればさっきよりダイレクトに冨岡さんのご尊顔が目を攻撃してくる。
俺は嫌われてないの別バージョンですか?バリエーション豊かかよ。ありがとうございます。
思わず唇を噛んで飛び出してしまいそうな言葉を必死に心の中へ押し込めた。
「あの、その…私」
「…胡蝶が戻ったら外に居ると伝えてくれ」
「えっ!?」
不意に顔を背けた冨岡さんがそれだけ言うと、戸を開けて出て行ってしまった。
パシン、と物哀しい音が室内に響いた瞬間膝をついて頭を抱える。
「頭おかしい汁女と同じ部屋に二人っきりとか間違いなく嫌過ぎるよね。あぁぁ最悪だ…」
どうして私はこう取り繕う事が出来ないのだろうか。
だから社畜としてしか今まで生きてこれなかったのだろうか。
大好きな推しに気を使わせてしまった、嫌だと思われてしまった。
情緒が不安定な私はしのぶさんが帰ってくるまでちょっとだけ泣いた。
「羽月さん?」
「あの、と…冨岡さんは外で待ってるって言って出て行ってしまいました」
「あらあら。本当にあの人は」
「いえ、普通の事だと思います。見知らぬキモい奴と二人きりなんて御免でしょうし、こうしてしのぶさんが私をここに連れてきてくれた事だけで奇跡ですから」
ズルズルとマイナス思考に陥りながらしのぶさんに気を使わせないよう笑顔を作る。
上手く笑えただろうか。
ここ最近はこの笑顔で結構乗り切れてたから初対面の人ならきっと
「では貴女は幸運の持ち主ですね」
「こ、幸運の持ち主…?」
「こうして私に出会えたのは羽月さんが今まで良い子にしてたからでしょう」
「…っしのぶさん〜!」
年下の女の子だと言うのに時代が変わるとこうも精神年齢が変わるのだろうか。
よしよしと私の頭を撫でてくれる手が暖かくて優しくてまた涙が出てきた。
「ほらほら、また酷い顔になってますよ」
「ぐすっ、痛烈…でもそれが気持いい…」
「ふふ、不思議な人ですね」
私は不思議なんかじゃない。
しのぶさんみたいに綺麗な方に罵られたらそれはもうご褒美だと思う人がきっとたくさん居る。
「さてそんな羽月に提案があります」
「はい…」
「今、鬼殺隊は隠も剣士も合わせて人員不足でして」
「そりゃそうでしょうね、あんなに大変な事をしていらっしゃるんですから」
「なので、羽月さんをお掃除係りに任命しようかと思います!」
漫画だったらバーンと効果音が書かれていそうな言い方に思わず固まる。
今なんと?
「今なら日中にお掃除をするだけで生活する為のお部屋と三食がついてきますよ」
「乗った!じゃなくて!」
「あら、不満ですか?」
「そんっっな訳ないじゃないですか!そうじゃなくて、どうして私なんかにここまで…」
「…羽月さんはご存知ありませんか?蝶屋敷の女の子達がどうしてここで暮らしているのか」
「……あ、」
困った様に首を傾げたしのぶさんに私の数少ない情報を思い返した。
なんて答えたらいいものか分からなくて思わず口を噤むと、いつの間にか握っていた拳を解くように手を握ってくれる。
「私なんかと言わないで下さい。大丈夫だから」
「…しのぶさん」
「お館様には私からも進言して差し上げます。きっとあの方なら喜んで受け入れてくださるでしょう」
そう言って笑いかけてくれたしのぶさんはやはり天女のようで、私は小さくありがとうございますと感謝を告げた。
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