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とりあえず体に異変がないか調べてくれるというしのぶさんに甘えて蝶屋敷へ足を運んだけどカナヲちゃんや皆が居て宝石箱を眺めているみたいな気分になった。


「心も一杯胸も一杯眼福いっぱいここが天国かよ」

「頭は大丈夫ですか?」

「しのぶさんから見たら恐らく駄目な部類でしょうね」

「あぁ、やっぱり。外傷は無いんですけどね」

「気持ちいいなぁオイ!!」


心底憐れむような瞳に内なる私が悶絶している。
痛烈な言葉を吐かれてもこの美しさを前にしたらどうってことないというよりご褒美。


「それで、聞きたい事は沢山あるのですが…」

「あ、多分私異世界人です!」

「…はい?」

「信じてもらえないかと思うんですけど、私の予想ではトリップした感じかと」

「と、とりっぷ…?」

「私はこの時代の人でも、海外から来たわけでもありません。世界線が違う所から来たと言えばいいでしょうか」

「にわかに信じ難いですね」


真剣な顔をしたしのぶさんに先手を打ち自分の見解を告げる。
見解と言うか、まぁほぼ確定ではあるのだけど。


「しのぶさんたちの事は漫画…えーっと、本や雑誌、でいいのかな?私の世界で書かれていまして」

「私達の事がですか?」

「はい。私は本誌派と言うには乗り遅れてしまって詳しくは知らないのですけど」


社畜していたせいで買っていた漫画は全てキレイな状態で部屋に残っている。
こんな事なら読んでおけば良かったな。

必死に私の言う事を理解しようと難しい表情を浮かべるしのぶさんに苦笑して、こんな事に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちが込み上げる。

信じてもらえないのなら仕方が無い。
ここへ来る途中色々と確認してみたけど、衣服以外の私の身分を証明するものが首に掛かっていた社員証しか無いから。

とりあえず社員証を見せながら様子を伺えば丁寧に受け取ってくれたしのぶさんが目を凝らすように会社名を読んでいる。


「えと、ここは私が働いていたブラック企業でして。読めない文字があるとは思いますけど、これは社員証と言って会社に出入りする為の社畜証明書なんですよ」

「社員証…この黒線の集まりはなんですか?」

「あぁ、それはバーコードと言って、それを読み込む機械に翳すと扉が開く方式です」

「…あなたの世界は凄いですね」

「えっ、信じてくれるんですか?」

「こんな風に説明されては信じるしかないでしょう」


難し気に寄った眉間を解したしのぶさんは私を安心させるように笑ってくれた。

その笑顔に無意識で留めていた不安が解消されていくのが分かると同時に目や鼻から液体が溢れ出る。


「あっ、あ"りがとうございます!!!」

「羽月さん!!鼻は止めましょうね。どうぞちり紙を」

「胡蝶、失礼する」


抱き着こうとした私を満面の笑みで押し留めるしのぶさんにちり紙をいただこうとした瞬間、ガラッと小気味いい音を立てて扉が開かれた。

そこには無表情のあの人物が私を見つめている。


「…ひ」

「胡蝶、これは新しい屋敷の者か」

「冨岡さん、部屋に入る時はきちんと戸を叩いてと」

「びゃぁぁぁぁぁい!!!!!!」


恐らく善逸も顔負けの汚い高音を響かせしのぶさんの背後に隠れる。
私乙女ゲームはやってるけど、こんな顔の穴という穴から汁垂らしてる時に攻略対象が入ってきた時にどの選択肢を選べばいいかなんてやったこと無い!

いやまずそんな乙女ゲームねぇわ!!

心の中の葛藤とダイレクトに視界に入れてしまった推しの輝きに脳汁分泌しすぎて酸素が不足してくる。


「ひぃっ、はぁっ、ふぅっ…!」

「羽月さん、とりあえず落ち着いてくださいね?ご存知かとは思いますがここには怪我人も療養しているので」

「すいませんすいません。突然の推しイベントに動揺が隠しきれませんでした。寧ろ推しを目の前にしてキモい反応するしかないのが私というオタクなので勘弁してやって下さい」

「すみません、半分も聞き取れませんでした」

「……静かにしないと胡蝶に怒られるぞ」


強めなツンツン頂いてオタク特有の早口で弁解していると、固まっていたギユウ・トミオカが話し掛けてきた。
良い声!!

にこにこ怒ってるしのぶさんと合わせて全てが解釈一致!ありがとう神様!


「どうして拝みだしたんだ」

「私に聞かれましても」

「社畜生活で徳でも積んだのかな。こんな素敵なお二人目の前にして拝まないとか無理でしょ」

「……胡蝶、この前の薬が切れた。補充してほしい」

「あぁ、あの薬ですね。今お持ちしますから羽月さんと少し待っていて下さい」

「へ?」


会話を始める二人に空気になろうとしていた私にしのぶさんは振り向いて愛らしい笑みを浮かべた。
今なんと仰ったのしのぶさんは。

拝んだ状態の私に一声かけて部屋を出て行くしのぶさんを見つめていると、冨岡義勇さんがこちらを真顔で見ていたのを視界で拾ってしまった。



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