「ほら、羽月」
「ん、」
「女の子は冷やしちゃいけないでしょ。僕の貸してあげる」
肩を落としながらも雪道を楽しんでいれば無言で隣を歩いていた無一郎が不意に温かいマフラーを首に掛けてくれる。
一瞬距離が縮まって普段寄らないような近さに顔が熱くなってしまう。
それと同時に無一郎のマフラーに隠れていた髪が靡いてふと夢を思い出した。
「無一郎、」
「僕が、」
「え?」
「僕が居るのに羽月が風邪引いたなんて母さんや兄さんに何言われるか分からないし」
「あ…はい」
すぐにいつもの距離まで離れた無一郎が寒いからなのか頬を赤くしながら視線を反らした。
それから無一郎は無言になってしまって、結局言いたいことも口に出せず同じ学校に通う生徒たちの声で段々と騒がしくなる道を歩く。
(……そんなわけ無いか)
夢に出てきた彼と似ているような気がしたけど、夢は夢だから。
きっとその話をしても無一郎の事だから何を言ってるの?なんて言われるのも目に見えてる。
好きな子にこんな所見られたら勘違いされそうだなと思考は結局そっちに変わってしまって、それからは気が気じゃなかった事しかなかった。
「無一郎、もう学校に着くしマフラー返すよ」
「いい。帰りはもっと寒くなるし」
「でも、そしたら無一郎が風邪引いちゃうよ」
「いいって言ってるでしょ。何度も言わせないで」
「…ん」
今日の無一郎は何だか感情表現が豊かだなんて思いながらも、こうだと言い出したら聞かないので有難く鞄の中にマフラーをしまわせてもらった。
結局の所、私は無一郎に甘えてるんだ。
放課後部活があると言っていたので夕暮れに染まる道を借りたマフラーをして一人で歩く。
「……さむ」
何事も無く家について夕飯の支度をしながら洗濯機の音に耳を澄ませる。
もうそろそろ乾燥機も終わりそうだ。
何となく時計を見ると部活が終わる少し前の時間。
炊飯器のボタンを押して、コートを羽織りながら靴へ足を通す。
途中二人分のマフラーを手に取って玄関の鍵を締め、朝に通った道をもう一度歩く。
「あ、居た」
「羽月…?」
「お疲れ様」
「何で、ここに」
「寒いだろうと思ってさ」
ちょうど帰る頃だったのか、運良く学校の門で出会えた無一郎に借りていたマフラーを首に巻く。
夕方でもすごく寒かった。
だからこの時間はもっと寒いだろうと思って迎えに来てみた。
「…夜道は危ないでしょ」
「ごめんごめん」
巻いてあげたマフラーに顔の半分を埋めた無一郎へ謝りながら誰も居ない帰路を二人で歩き始める。
コートを着た時に思ったけど、やっぱり首にマフラーがあるのと無いのとでは全然寒さが違う。
「今日は有一郎君一緒じゃないんだ」
「兄さんは撮影」
「あ、なるほど」
時透兄弟はとても有名な棋士だ。
雑誌にもよく取り立たされているので入学した時に県外の私でも知っていた程。
そんな有名な時透兄弟の弟が隣にいるのだと言うのだから人生とは不思議なものだ。
「ねぇ、羽月」
「んー?」
「僕の好きな子、気にならないの」
「えっ、急に掘り返すね!?気になってるけどさ!」
取り留めもない話をしながら帰っていたら突然朝の話題を振られ驚きに目を丸くすれば、何だか真剣な表情の無一郎に見つめられて思わず目を逸らしてしまう。
あんな目、見たことが無いからなんか怖い。
もしかして告白が成功したとか?
これからは一緒に登下校出来ないとか、そんな事を言われるのかな。
「僕は一途なんだ」
「確かに。無一郎はそんな気がする」
「このまま今世も嘘つきのままなんて嫌だ」
「今世?え、嘘つき?」
「僕は約束を破ったから、もう二度と会えないかもしれないって思ってた。でも、ちゃんと神様はもう一度機会をくれた」
「ちょちょ、どうしたのいきなり」
無神論者っぽい無一郎が突然今世やら神様がもう一度機会をだとか、正直らしくもない話をし始めて私は頭が混乱してしまう。
ゆっくりと近寄ってきた無一郎の手首を掴みながら顔を覗き込むとほんの少しだけ顔を歪めて私を見つめている。
「もう、約束破らないから。今度は幸せにしてみせるから」
「う、うん?」
「僕と付き合って、羽月」
掴んだはずの手が逆に掴まれて、強制的に向き合った私のおでこと無一郎のおでこがくっつく。
鼻が当たりそうな程近い距離は朝以上に近くて身動きが取れなくなってしまった。
「う、嘘だぁ…」
「嘘じゃない。羽月が覚えてないのは会ってすぐに分かったけど、僕は覚えてる」
「その、覚えてるってまさか前世とか?」
「うん。信じてもらえないかもしれないけど」
私の言葉に視線を落とした無一郎のマフラーから出た黒髪が視界の端で揺れた。
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