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「伊黒。別にここまでしなくてもいいよ」

「いい。俺がしたいだけだ」


次の日手を繋いで私の通う学校まで送ってくれた伊黒に照れ臭さでそんな事を言ってしまうけど勿論悪い気はしてない。
でもこんな事一度だって無かったから、どうしても嬉しい気持ちより照れが勝って他の子達の視線が気になってしまって。


「お前を狙う輩に羽月は俺のだと知らしめるいい機会でもあるだろう?」

「ぐっ…」

「…くくっ、半分は冗談だが送ってやりたい気持ちも本当だ。ずっと、こうしてやりたいと思っていたからな」

「……ばーか」

「どうとでも言え。放課後はお館様の所だろう?」

「うん」

「なら迎えに行くからいい子で待ってろ」 


向かい合って両手を繋いだままなのに、他の人の視線は気にならないのか優しく微笑む伊黒に顔が熱い。

今までだって優しくしてくれてたらしいけど、付き合った後からの甘さが半端じゃない。
激しく脈を打ちすぎて苦しいくらい。


「ねぇ、早く行かないと遅れるよ伊黒」

「………小芭内だ」

「な、何よ。名前は知ってるけど」

「彼氏の事くらい名前で呼べ、羽月」

「…っ!」


耳に口元を寄せるからマスクを外す音と声がダイレクトに響いて声にならない声を上げれば笑い声が聞こえる。
分かっててやってるなって思って、仕返しに伊黒の両頬を掴んでやった。

驚いた顔と、触れ合った唇に勝ったと口角を上げる。


「ふ、ふん!ざまーみろ!」

「…っ、人前だと言う事を忘れたのか?」

「いーよ、どうせ碌な噂流れてないし折角だから塗り替える」

「ほう」


頬を膨らませて伊黒を見つめればどこか満足そうで意地悪な笑顔を浮かべた。
ふと繋がれた左手を口元に持っていき口付けられるのかと見ているとマスクを外した伊黒が口を開けて薬指を噛む。


「いっ!?」

「俺からのお返しだ。じゃあな、羽月。またお館様の所で」

「なっ、なっ…!」


すぐにマスクをつけ直した伊黒は片手を振って立ち去っていってしまう。
あれで、何で今まで彼女いた事ないのか分かんない。

学校の子達がざわつきながら私達を見てるけど、伊黒に噛まれた薬指がじんじん熱くてそれどころじゃなくて。


「ちょ、ちょっと羽月!?」

「お前どうした?熱でも出たのか!?」

「…うー!悔しい!!」


薬指を包み込んで地団駄を踏む私に幼馴染たちが駆け寄ってくる。
もしかしたらどこかで私と伊黒のやり取りを見てたのかもしれない。
 

「あ、もしかしてあいつ例のキメ学の手出してこない…」

「彼氏」

「はぁっ!?」

「マジ!?顔もイケメンだしなんかドS感ヤバかったね!羽月、あんな感じがタイプだったんだ」

「む、まぁね」


ドSが好きかと問われたらそこは否定も肯定もしないけど伊黒の顔や性格は嫌いじゃない。
目を瞬きながらこちらを見るコイツを無視してやたらニヤニヤ笑う目の前の幼馴染に頷いておく。


「ついにウチの学園きっての尻軽女が落ち着きますかー。泣く男はいっぱいだねぇ」

「幾らでも私の代わりは居るでしょ」

「羽月程可愛くて後腐れの無い女居ないわよ」

「可愛いは肯定しとく」


まぁでも、と付け足したこの子は私の肩に腕を回し体を密着させてさっきのニヤリ顔とは逆の本当の笑顔を見せてくれた。


「寂しがり屋のあんたが相手見つけて落ち着いたなら良かったわ」

「…うん、ありがと」

「伊黒君、さっきのやり取りしか見てないけど羽月の事が大好きなんだなって分かったよ」

「…まぁね」

「ま、朝からいちゃいちゃ見せつけられたけど幸せそうだから許す!」


昨日寝る時も、起きた時も伊黒は私の髪を撫でてくれた。
慈しむような瞳で、何度もキスしてくるから朝からその気になる所だったけど。

このまま学校遅刻してもいいから襲ってしまおうかななんて邪な心が見透かされて、デコピン食らったのはつい数時間前の事。


「ん、」


胸ポケットに入れっぱなしになっていた携帯が震えて何故か絶望してる男の幼馴染を小突き先に行ってろと指をさしながら登校中の人混みを抜け出す。


「伊黒?」

『一つ言い忘れた事があった』

「何?」

『…好きだよ』

「…っ、私も。大好きだよ、小芭内」

『是非とも直接呼ばれたいものだな。帰る時まで、楽しみにしてる。じゃあな』


プツリと切られた通話に人前にも関わらずその場にうずくまった。
こんなに甘やかされたら、心が持たないよ。

なかなか冷めない頬を煽ぎながら今度こそ教室へ向かった。




end.

うむ!!楽しかった!!!!




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